子猫に嫌われない3つの方法





―――王道だと思うのよ。


自信満々に言い切った女王陛下に対して反論を唱えられる者はいなかった。
オスカー等は、深く頷いている。


だが、しかし


ごろごろごろ……と、喉を鳴らす音
その、広い胸頭を摺り寄せ。
たまに顎先にフンフンと鼻をよせ、顎先から頬に向かい顔を摺り寄せる子猫の仕草は、とても可愛い物だ。
見る者の心を和ませるであろう



――――子猫であれば



「でもっ!!何でクラヴィスなのよーーーーっ!!!!」

目一杯に拳を振り上げ叫ぶ女王陛下
その声に吃驚し、瞳を見開きびくりと身体を揺らす―――ロザリア


その頭には真っ黒な猫の耳
着ている物は、普段のドレスでは無く
遠くから見れば黒のビスチェとショートパンツに見えるであろう。
剥き出しな肩や手足とは裏腹に、括れた腰のライン以外はふわふわな黒い毛に覆われ
尾骶骨の辺りからはしなやかに動く尻尾迄ある。
そして何よりもいつもと違うのは、その容貌から間違いなくロザリアではあるのだが
どう見ても子供にしか見えない。
推定10歳前後であろうか?
―――目の前のロザリアは
所謂『ツンデレ猫耳美少女』と云う、陛下宣わく



萌えの王道



を、形にした物との事だった。







事の発端は、自分が女王になってからのロザリアの態度についての不満から来たものだった。

ロザリアが『アンジェ』って呼んでくれない。
公私の区別、と云うのは、解りたくないけど解った。
お休みの日は、時間が合えば二人で色々話せたし
お泊りもしてパジャマパーティーもしたし
何より甘えさせてくれる。
恋バナとかコスメとかケーキとか、女の子には話題は尽きない。


でも


聖獣の宇宙の女王を決める為の試験が始まって
コレットとレイチェルが来て
協力者も来て
仕事も増えて―――ちょっと、楽しいお仕事もあったけど

ロザリアの忙しさは、尋常では無くなった。

日の曜日も執務室に篭もり
候補達が訪れれば相談にのったり
相談ついでに雑談も始まって
雑談ついでにお茶会も始まって
お茶会ついでにロザリア特製のケーキとかクッキーとか
忙しい時には特注のお取り寄せのスウィーツとか出しちゃったりして
しかも、相談にのってもらったお礼にとか言って
候補達からもお手製のパウンドケーキとか差し入れられて
そのパウンドケーキのお礼にとか言って、とっておきの紅茶を淹れたりして




『良きお姉さまと妹達』




なんて、感じになっちゃったりしてて。




解ってる。わかってるのよ。


自分は女王だから、候補達の前にみだりに現れちゃいけない事ぐらい解ってる。

―――でも、寂しい

一緒にガールズトークしたい
一緒にお茶したい


っていうか、ロザリアのお手製のケーキ!!!!!


しかも、ロザリアってば満更じゃないのよね。
候補達が可愛くてしょうがないみたいだし。
何より、もともと面倒見も良いし
最近は特に落ち着いて―――っていうか、大人の振りが上手くなってるし
候補達にしてみたら『大人の女性』とか『お姉さま』とか
『憬れの先輩』みたいになってるし。


でも、ロザリアは、自分に厳しいから
仕事が忙しくても体調管理はしっかりしてて
日の曜日とかに相談受けたら、その分の仕事は持ち帰りにして翌日には持ち込まないし
忙しくて残業続きであったりすれば、休日は身体を休める事に専念するし。
大体、土の曜日だって執務室に篭もりっきりな状態だし

そうすると、削られるのは必然的に決まっていて―――


だから







「―――しかし、陛下」
「解ってるわ。言わないでジュリアス」

真剣な瞳で前を睨み付ける女王
その視線は執務時には見られない程、真剣で。

その目線の先には―――クラヴィス

予定では


① 最近話題の『子猫ちゃん』と言う薬を商人さんに頼んで入手

② 今度の日の曜日は候補達は協力者達とお出かけ、と情報ゲット
   前日の土の曜日、執務室に居るロザリアに『お茶』と称して飲ませる。

③ 小さな猫耳美少女と化したロザリアを私邸に連れ帰り、薬の効いてる丸一日構い倒す!!


――――筈、だったのだ。

「ソレが……何故こんな事に!!!」

ごろごろ懐かれるのも
頬を摺り寄せられるのも
胸元に抱き寄せるのも
ふわふわした毛並みを愛でるのも
尻尾でぱしぱし叩かれるのも


全て、目の前の男が独占しているのだ。






――――泣きたい


「陛下、差出がましいようですが……陛下は子猫を飼われていた事が?」

リュミエールがおずおずと聞いてくる。

「動物を飼ったことは無いわ」

「然様でございますか。それでは、ロザリアが子猫になった時―――どうされましたか?」







執務室に遊びに行って
―――勿論私服で、ドアをノックして顔を出したら怒られたけど
『だって、ロザリアとお茶したかったの』って言ったら『仕方のない方です事』って言ってくれて
『差し入れよ』って、持って行ったバスケットの中からポットに詰めたお茶と焼いたクッキーを出して
一緒にお茶をして

カップに紅茶を注ぐ時、こっそり薬を入れて
久しぶりに色々お話ししながらクッキー摘んだりして
久しぶりに二人だけのティータイム

食べ終ってから、カップを下げ様と立ち上がったロザリアの身体が崩れ落ちて。


慌てて駆け寄ったら、見る見る間に小さくなっていく身体。


気が付けば、布の中に埋もれる様にして座っている少女。
上げていた髪も落ちて背中の真ん中辺りまでまの長さで
顔を縁取る縦ロールに変わりは無く。
頭に生えた黒い猫の耳はピルピルと揺れ
首を傾げて『きょとん』としているその表情はあどけなく

―――あまりの愛らしさに震える声で『ロザリア』と呼びかければ



「にぁ」



と返され。
不思議そうに自分の手の甲や肩先に鼻を近づけふんふんと匂いを嗅ぎ
纏わり付く布―――ロザリアのドレスだが―――が邪魔なのか身体を揺すりころんと寝転ぶ。





そして、理性がふっとんだ少女が一人。






「いやああああぁぁぁぁぁああああ!!!!!カワイイ!!!!!可愛過ぎ!!!!!」

叫び、力いっぱい抱きしめようと手を伸ばしたが空を切り。
明らかに怯え、すばやく後ろに跳ね『フーッッ!!!』と逆毛を立てる子猫ちゃん

「あ、待って!!!!」

慌てて捕らえようと立ち上がり駆け寄ろうとすると



「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁl!!!!!」



開いていた窓から軽やかに飛び出して行ったロザリアに
今度は恐怖の悲鳴を上げたアンジェだった―――


「まさか、ロザリアが窓から飛び出すとは思わなかったから……流石に心臓が止まりそうになったわ」



話を聞いていて、我々の心臓が止まりそうです――――陛下



口には出せねど、軽く眩暈を起しかけたリュミエールと
無言のまま固まっているオスカーと

―――立ったまま、既に遠いところに意識が行ってしまったジュリアス。


「それでね」

窓に駆け寄ると、四足で美しく駆けて行くロザリアの後姿は愛らしく
怪我も無い様でほっとして。
暫し見送ってしまったが、このままでは不味いと捕獲の為の袋を持って執務室を飛び出し―――


「袋?」
「そう。 最初の計画では、子猫になったロザリアを私邸に運ぶ為に必要かと思って
 ロザリアを隠す布の袋をバスケットに用意してたの。
 でも、落ち着いて今考えれば、ちょっと、袋が小さくて駄目だったんだけどね」


てへっ、と笑う少女に悪気が無いのは解かるものの
ちょっと、ロザリアに同情したくなる。


「それで、ロザリアが走っていった方向に向ってとりあえず追いかけてったら」
「―――俺が陛下を見つけて、驚いて声を掛けたと云う訳ですか」


久々に何も無い休日。
オスカーが愛馬に乗って走っていると前方から突進してくる『お嬢ちゃん』
あまり時が経っていない筈なのに、妙に懐かしさを感じる光景に思わず

『どうしたんだい、お嬢ちゃん?』

そう、声を掛けてしまったオスカーに

『オスカー様!良い所に!!』

と、候補の時の様に自分を『様』付けで呼ぶ金の髪の愛らしい少女。
胸に去来する懐かしさと温かさ―――



しかし、聞かされた内容の恐ろしさにそんな感情は吹っ飛び―――



女王を乗せた愛馬を駆けさせるが周囲には見当たらず。
これは、衛兵達を駆り出し探す方が良いか?
しかし、ロザリアが正気に戻った時に、
大勢にこの事を知られ
剰え、大勢にその姿を見られたと知ったらどうなるか―――
オスカーはジュリアスへの報告と至急の御出でを願い。
顔を引き攣らせ馬に乗って駆け付けたジュリアスは、詳細を聞いて更に蒼褪め。

救いは、まだ、何の異常も騒動も報告が無いという事だけで―――少なくとも、誰にも見つかっていない可能性が高いというだけだが

とにかく、再度手分けして探し
もし、見つからなければその時は――――と。
悲壮な表情で馬を駆けさせていた三人の前に現れた、水の守護聖リュミエール。
普段の物静かな彼とは違い、焦りの表情を浮かべ三人を見るや否や
『至急クラヴィス様の御邸へお向かい下さい』
と、伝えると理由も言わず引き返していく。
これはもしやと、馬を駆けさせ闇の守護聖の私邸を訪ねてみれば
心得た執事が、三人を出迎え


『どうぞ、此処からはなるべく物音や声をたてぬようお願い致します』


主の居る部屋へ導く際に注意され。
ほんの少し開けられた扉の前に立つと

「クラヴィス様、ご案内致しました」

静かな声音でそう告げ、人が通れる幅に扉を開ける。
執務室同様薄暗い部屋の中に据え置かれている寝椅子と、其処に横たわる邸の主。
仮にも首座であるジュリアス・それにお忍びといえども女王陛下で在らせられるアンジェリークが訪れたというのに
起き上がる気配どころか挨拶すらも無く
激昂したジュリアスが声を発しようとした所を、女王が両手でその口を塞ぐ。


くるるるる


小さな小さな喉を鳴らす音
横たわったクラヴィスの身体の上に―――


探していた少女が、ご機嫌に喉を鳴らし尻尾をパタパタ揺らしていた。


部屋に入り
退路を断つ為に扉を閉め、軽く見渡し窓が閉じられている事の確認をし
ロザリアがこの部屋から逃げられない様にする。
ご機嫌なロザリアは、入って来た面々にちろりと一度だけ瞳を向けたがソレきりで。
しかし、アンジェが近づこうとしたり、何とか抱き寄せようと手を伸ばすと
途端にロザリアは不機嫌になり、毛を逆立て喉の奥で唸り声を上げ
少しずつ身を起し後退り始めた為
アンジェとしては―――不本意ではあるが―――しぶしぶとその手を引っ込めざるを得なかった。
一方、クラヴィスは、ロザリアが身を起した為、漸く上半身の自由が利くようになり。
身体を起すとロザリアが落ちぬように背中に手を添える。
すると、ロザリアが『にぁ』と鳴き
瞳を細めて座り良い様に身体をずらすと
クラヴィスの首にするりと手を伸ばししがみつく。



『ひいぃぃい』



女王陛下の心の悲鳴は、完全に顔に表れていた。



なるべく大きな音を出したり
声を荒げないように会話が始まった。
顔を引き攣らせながら、いつもより幾分低めな声音で
「ど~~して、クラヴィスの上にロザリアが乗っかっているのかしらぁ?」
女王が問いただせば、面倒くさそうに溜め息を吐きつつクラヴィスが口を開く。


「森を散策し、疲れ木陰で休んでいたのだが―――」


うとうとと眠っていたらしく
何か気配が近づいてきたが
普段も休んでいると、鳥や鹿や小動物達が傍に寄って来る事があるので
今回もそうであろうと放って置いたのだが―――
顔の近くをふんふんと匂いを嗅ぎ、ぺろりと頬を舐められる。
のそり、と膝に乗り上げてくるその重みに大型犬かと思うも
鼻先をふわりと掠めるのは、良く知った芳香―――
するりと乗り上げ、その胸に摺り寄せられる肢体のしなやかさに
聖地に豹がいたとは思えぬが―――陛下が取り寄せでもしたのが逃げたのかと、薄目を開けて伺えば



眠気も薄目も吹っ飛んだ。


動かず、と云うよりも動けずにいれば
擦り寄り腰を落ち着け寝てしまった仔猫。
さて、どうするべきかとぼんやり考えていれば、リュミエールが自分を探しにやってきたのだが
クラヴィスの膝に乗り上げ、寝ている愛らしい生き物を見て

「これは……」

と言ったきり、固まった。

仕方なく、リュミエールに声を掛け手伝わせ、ぐっすり寝ている子猫を起さぬように抱え上げ
何とか私邸に戻り寝椅子に下ろそうとしたが、いつの間にかぱっちりと開いた瞳。
しがみつかれ、如何ともし難く


「で、寝椅子に転がってツンデレ猫耳美少女を愛でながらまったりしていたと」


既に視線も口調も、恨みがましさの欠片も隠さない女王に
クラヴィスは皮肉めいた微笑を口元に湛えるのみで。

『『『否定しないのか』』』

明らかに、この状況を面白がっているクラヴィスに
女王陛下は歯噛みするしか為す術が無かった。






「ところで、陛下」

控えめに、リュミエールが声を掛ける。

「なぁに?」
「先ほど『予定では薬の効いている一日かまい倒す』と、仰っていらっしゃった気が致しますが……」
「そうよ。明日はお休みだから、今夜は一緒にお風呂に入ってぇ毛繕いしてぇ添い寝してぇ…」

まるで子供が遠足までの日にちを指折り数える様に、
楽しげに計画を語る姿は愛らしい。

「このままでは、少なくと明日の三時くらいまではこの状態のまま、という事でしょうか?」
「そうよ。明日は朝から撮影会するの☆首輪・ゴスロリ・きもの・ドレス・メイド・看護婦・天使・悪魔・幼稚園児・セーラー服……」

愛らしさも飛んで行く様な計画を指折り数えながら、心底嬉しそうな笑みを浮かべる女王陛下に


「今の状態ではお風呂も毛繕いも添い寝も―――全て―――クラヴィス様しか、無理そうに思えるのですが」


穏やかな声で事実が告げられる。
途端に笑みが消え、騒げば更にロザリアに逃げられる為、無言のまま身悶える。

「どうして、クラヴィスが良くて私が駄目なのよー!!!」

小声でもしっかり叫んでいる女王に、クラヴィスは溜め息を吐く。
女王の後ろに佇んでいるジュリアスは既に思考が働かなくなっている様だ。
オスカーに到っては、色々と想像してしまったようで、自然と緩みそうな口元を何とか隠そうと必死だ。



「―――諦めて、早々にロザリアを元に戻す事だな」



自分の首元に顔を埋めたり
ふりふりとご機嫌に揺らしていた尻尾を絡みつかせたり
そうかと思えば、クラヴィスの首から手を外して
ちょこんと両手をついてお座りし、ねだるように目線を上げてくる。
身体を片手で支えつつ、もう片方の掌で頭を撫でて髪を梳いてやり
ご機嫌に瞳を細めているので、顎の下も指の腹で撫でてやる。

クラヴィスが、ロザリアを構えばかまうほど

女王の恨みがましい視線も強くなり


「クラヴィスは散々!かまえたから良いかもしれないけど!!私なんて抱っこはおろか、頭すら撫でてないのよ!!!」


この女王の一言に、ジュリアスが漸くこちら側に戻ってくる

「陛下、ロザリアを戻す方法があるのですか?」
「―――この手の薬には、解毒剤があるだろうな」


うっそりと呟くクラヴィスの一言にみんなの視線が集まり、きまり悪げに唸る少女は『女王』では無く唯の『少女』で


「お嬢ちゃん、薬があるならこのオスカーがエスコートしよう」
「アンジェ、ロザリアが戻った時の事を良く考えよ」
「アンジェリーク、クラヴィス様もこのままではご不自由なままでお困りになるかと」


「―――別に、このままでも良いがな」


クツリと皮肉気な微笑を作り

「この姿でも腹も減るであろう―――ミルクでも用意させればよいか?」

何を言いだすのかとジュリアスが睨み付ければ



「この娘が四つん這いになって食事をする姿は―――さぞや見物であろう」




――――この娘が元の姿に戻った時、そんな姿を見られた事を知ったらどうなると思う?




効果覿面な、一言であった。


解毒剤までは取り寄せていなかった女王は、オスカーに命じ馬を走らせ、
明日の商いの為の用意で、公園をふらついていた商人を拉致。
抜け目の無い商人は勿論、女王陛下の為に取り寄せた薬の解毒剤を持っていて

「あっちゃいかん事ですが、アレルギーや事故なんかも考えられますからなぁ」

そう言いながら差し出された薬―――別料金―――を持って取って返し
再度クラヴィスの私邸に着くまでがクラヴィスの発言から約二十分。

薬が効いて元に戻り始めたロザリアが、全裸なままとなる事に気がつくのは薬が効き始めてから三十秒後。


気がついたロザリアの悲鳴が、クラヴィスの私邸中に響き渡るのは更に三十秒後



着替えと馬車が到着する迄の間
着替えの代わりに大判のタオルを巻きつけたロザリアに、正座させられたアンジェが説教され
更に正装に着替えた後、補佐官に戻ったロザリアに女王としての説教をされ
挙句罰として、当分の間は二人きりでのお茶はしないと宣言され
今回使用した薬も没収となったのである。



「それにしても。何で、クラヴィスはあんなに懐かれたのかなぁ」
この上なく羨ましい状態を満喫していたクラヴィスに、後日聞きに行けば


動かない
大声を出さない
追い掛け回さない



そう言い切られた女王は―――撃沈



ついでに


「素直に甘えるロザリアも、悪くは無い」


―――礼を言わねばな。


そう、礼を告げられた女王は
敵に塩を送ってしまった事に気がつき、更なるとどめを刺される事となる。





それでも
『懲りる』と云う事を知らない少女は


また、新たなる騒動の種を撒き散らすのである。






                                                              END?