かぼちゃ料理のその後に…
楽しみは人それぞれあり
一番楽しみにしている時間もそれぞれだ。
ここでは、皆が共通している楽しみがある。
それは、食事の時間。
船上故の限られた空間
行動にも制限が入る為
それは、どの船でも同じかもしれない。
が、作るのが生甲斐で、恐ろしく腕の良いコックの料理であれば尚更であろう。
種類も豊富で美味な上
限られた材料をの中で、手を変え品を変え乗員に飽きさせる事は無い。
味付け一つで、同じ材料でもこんなに違うのかと
乗員達はいつの間にか、彼の作り出す料理のファンになっている。
気の合う仲間と摂る食事はとても楽しい。
楽しい上に美味しいのだから
船上で、最も楽しみな時間と言っても過言ではない
『食事の時間』
そして、じつはもう一つ
皆が楽しみにしている『料理』がある。
その料理は取り立てて皆の好物でもなく
一番好きな料理には選ばれる事も少ないであろう。
しかも、皆が楽しみにしているのは
その材料の野菜が使われる事、なのだ。
「あら、今日はかぼちゃのフライがあるのね」
「良いかぼちゃが手に入ったんで、サラダも考えたんですが
たまには、ほこほこ黄金色のシンプルなフライも良いかと思って」
たまたま、喉が渇いたため
料理中のサンジの所へ顔を出したら
『このサンジが居るのに、レディにお茶を淹れさせるなんてとんでもない』と
自分で淹れ様と思っていたのに
結局座らされ
お茶を振舞われ
ついでに
『頭の栄養補給にどうぞ、レディ』
と、添えられたクッキーを頂く事になったロビンが笑顔で問う。
「そう、それは楽しみだわ
美味しいお茶をありがとう、コックさん」
心底嬉しそうな笑顔に
『ロビンちゃんが喜んでくれた!!』
と、舞い上がるサンジ。
更に料理する手に力が入り
キッチンは賑やかな音に溢れかえっていった。
「あら、これ、かぼちゃ?」
席に着くとナミが問う。
「かぼちゃのフライってコックさんが」
ロビンが返せばナミもにっこりと笑う。
席に着き始めたウソップもルフィも―――あの、無愛想なゾロでさえ
かぼちゃを見ると口元に笑みを浮かべたのだ。
「かぼちゃのフライだ!!」
最後に席に着いたチョッパーが歓声を上げる。
そして、給仕をしていたサンジに振り返り
「サンジ!お手伝いするからな!!」
瞳をキラキラさせてサンジを見上げるチョッパーに
「あぁ、頼りにしてるぞチョッパー」
サンジは機嫌よく笑う。
そして、いつも通りの賑やかな食事が始まった。
かぼちゃのフライが出た2日後
チョッパーが台所の入り口から顔を出す。
「サンジ!」
「お、来たな?丁度今から呼びに行こうかと思ってたんだ」
「ゾロもな、呼んできたんだゾ!!」
現れたチョッパーに手を引かれたゾロは
いつもの如くふてぶてしい態度だが
嫌ならば決して来ない。
それを知っているので、サンジはこっそり笑いを噛殺す。
「じゃ、はじめっか」
そう言われてテーブルに用意されたモノ
それは、2日前の食事に出たかぼちゃ――――の、種を乾かしたもの
いそいそと席に着き
チョッパーはかぼちゃの種を一つ手元に寄せると
蹄の先を器用に種の先にあてると力をこめる
小さくパキっと音がして
割れ目がついた所を今度は少しずつ位置をずらして割れ目を広げてゆく。
その真剣な表情と
上手く割れ目が入った時に浮かべる嬉しそうな顔
ゾロとサンジの口の端が上がる。
「じゃ、お前らが頑張ってくれてる間に」
とっておきのオヤツつくるからな
「チョッパー、割れ目が入ったのはここに置いとけ」
その後の皮むきはゾロの役目で
「おう!わかったゾ!!」
チョッパーの手元には二つ目の種が引き寄せられた。
事の始まりは、サンジが乾かしていたかぼちゃの種をチョッパーが見つけた時
「サンジ、これ、何にするんだ??」
「あ?これか」
いらない紙を引いて、良く洗ったかぼちゃの種を広げて天日に干し
乾いたらその白い皮を剥くんだと説明すれば
「??」
まん丸な目が更にまん丸になったチョッパー。
百聞は一見に如かずと皮を剥いて見せ
「この間、クロッカンをオヤツに出しただろ?
あのナッツの中にも入ってたし、その前に出した特性アイスバニラのチョコレートソースに
ナッツ散らしてただろ?あれも、良いピスタチをなかったからコレ使ったんだ。
あと、バルサミコとオリーブオイルで焼いたトロに黒胡椒とナッツ散らした時もはいってんだぞ」
そう教えればふるふると震えるチョッパー
「すっげーーっっ!!サンジッ!凄いぞサンジ!!!」
あまりの興奮振りに逆に驚いて
「まぁ、凄いのはかぼちゃだろ? 皮も種も材料になるんだから」
実際、美味しいナッツ類がある時は、そちらを使うのだが
材料は無駄にしたくない&できない自分の性分もあり。
「簡単に乾煎りして、旨い塩を振って酒のつまみにしても良いしな」
ただ、ちょっとメンドクサインだけどな
そう呟くと、きらきら光る瞳で自分を見つめてくるチョッパー。
幼い子供が、母親のお手伝いをしたいと強請る時ってのは、こんな風なんだろうなぁ……
間違いなく、チョッパーに手伝わせるより自分でやる方が遥かに早く終るだろうなぁ……
つらつらとそんな考えが頭の中を駆け巡るが
その瞳の、きらきらに負けて
「あのな、良かったら……」
お母さんのお手伝いを任された子供は、心底嬉しいそうに笑ったのだった。
丁度、今から皮をむく予定だったので
取敢えずテーブルに座り種を真ん中に置く。
いそいそと席に着き
種を自分の前に置いたチョッパー
そして、蹄を種に当てて
―――期待通り、種、粉々
そして、凍りつくチョッパー
あ、やっぱり。
もしかしたらと思ったが
サンジが思ったとおりの状態で。
とりあえず、どうすっかなぁ〜と、思った瞬間
きっっ!!と顔を上げ
―――その目には既に涙が溜まっていたが
いきなり、椅子を飛び降り走り去っていくチョッパー
あまりにいきなりな事で、見送るしかなかったサンジ
そのまま呆然としていると
2分も経たないうちに
矢張り涙目、の上に全力疾走で涙と鼻水が流れ肩で息をしているトナカイは
サンタならぬ剣士の手を引いて全力で戻ってきた。
「オデッ!タ、ずびっ!!ジョ、て!」
ちーんっ!!
ゾロがチョッパーに鼻をかませ
一緒にテーブルに着く。
ゾロは粉々になった種と
未だ肩で息をしながら泣いているチョッパーを見比べて
徐に一つ種を手に取ると固さを調べる。
正直―――やりたくはないが―――この程度の皮なら簡単に一人で剥けるのだが
ゾロは、面白そうに此方を眺めているサンジにちらりと視線を送る。
チョッパーは『お手伝い』がしてぇんだ
サンジが心の中でそう呟いて、にやりと笑えば
伝わったのかゾロが『あ〜〜』と、天井を仰ぎ見ながら頭を掻く。
―――そして
「サンジく〜ん、喉、渇いちゃったぁ」
ナミがひょっこりと顔を出す。ナミの後ろにはロビンも居る。
「あら、皮むきしてるの?」
そう云うと、二人ともテーブルに着く。
チョッパーが蹄の先を上手にかぼちゃの種の雫型の尖った先にあて
皮の縁の部分に割れ目を入れて行く。
そして、綺麗に割れ目だけつくと
ふうぅ、と息を吐き嬉しそうに顔を上げ
種をゾロの前に置く。
「チョッパー、器用ねぇ」
ナミが感心して褒めればくねくね照れながらも
いつもより短い時間でくね終わり、次の種に取り掛かる。
その間に、サンジは朝から用意していたパイ生地の折り返しと
夕飯の下ごしらえとキャラメルソースの用意と
レディ達への給仕を同時にこなす。
「今回は種がたくさんありますし、他のナッツ類も結構あるんで
今日のオヤツはパイ生地にたくさんのナッツを散らして、キャラメルかけて焼こうと思うんですよ
あ、カスタードクリームも添えるのがご希望なら作りますけど
如何なさいます?レディ達」
ナミとロビンに向ってウィンク付きで語るサンジの言葉を聴いて
きらきらと瞳を輝かせるチョッパー
そんなチョッパーを見て
「う〜んと、濃厚なクリームが良いなぁ」
「そうね、その上にキャラメルクリームとナッツでも良いわね」
嬉しそうに『うんうん』と頷くチョッパー
「OK!レディのリクエストは確かに承りました」
それじゃ、クリームにナッツとキャラメルをかけて
それを添えたパイ生地で掬いながら食べる形にしましょうか?
ミルフィーユほど気取ってはいないけれど可愛い器にクリーム入れて
アイスを添えても良いけどフルーツでも…
「なんにせよ」
「チョッパーが頑張って種をむいてくれたら、素敵なオヤツが完成するのね」
美女二人がにっこりとチョッパーに微笑みかければ
チョッパーはぐねぐねうにうに身体を躍らせながら
「まかせとけ!!」
と更に種を器用に割っていく。
出されたお茶を飲み干して、ナミとロビンが戻って行けば
今度はウソップがやってきてお茶を飲みながら
かぼちゃの種の薀蓄を語る。
そして、ウソップが戻っていくとルフィが邪魔しにやってくる。
その間も、チョッパーは一生懸命、種に割れ目を入れ
ゾロはその割れ目を広げ中の種を取り出し皮と分ける。
みんなの食事に使うかぼちゃの量は結構な量だから
かぼちゃの種もたくさん有る。
有る程度の量の皮が剥けたら
サンジが剥き終ったかぼちゃの種と他のナッツ類をあわせてオーブンで乾煎りを始める。
カスタードクリームも作り始め、キッチンに甘い匂いがたちこめ
チョッパーはますます笑顔になり、ソレを見てゾロの口の端が上がる。
種の皮が全て剥けた頃
それに合わせてオヤツも完成する。
「ご苦労さん」
そう云って、ゾロとチョッパーの頭を撫でながら
お母さんは『味見』と称して
パイ生地にクリームとナッツとキャラメルクリームを乗せたものを、二人の口に放り込む。
「悪くねぇ」
放り込まれた時に唇についたクリームを舌で舐め取ながら、言葉短に賞賛を贈るゾロ
「…!!」
もう、美味しくて言葉になりません、と満面の笑みでくねくね悶えるチョッパー。
「お前らが皮を剥いてくれてると、その間に他の事ができるんだ
本当に助かるぜ―――ありがとうな」
礼を言うと、チョッパーが、はにかみながら笑う。
その笑みを見ると、今度はゾロがわしわしとチョッパーを撫でる。
「じゃ、最後のお手伝い頼むぞ」
出来上がったオヤツを、皆の所に運ぶのだ。
心得た物で、時間を見計らって甲板に集まり始めている。
チョッパーが緊張しながら、捧げ持つようにお盆にデザートを乗せて運ぶ。
出来上がったデザートを見て、待っていた皆が歓声を上げる。
配り終わり
自分の分のデザートを手にしたまま、ちょこんと座り
そーっと、みんなの様子を伺うチョッパー
『いただきます』の大合唱の後
一口目を口に運び
『美味しい!!』の大合唱となると
ほっとして
ちょっと頭掻きながら
くすぐったそうに、嬉しそうに笑うチョッパー
それを見て、みんなの顔にも笑みが浮かぶ。
「大変なのに頑張ったわね」
「あの、蹄捌きはかの有名な種向き名人タネムキー・ナンチャラを彷彿とさせる…」
「うまいぞ!!チョッパー」
「サンジく〜ん、もう少しナッツある?」
口々に、皆がそれぞれに何かしらかぼちゃの種の感想を述べれば
益々くねくねてれてれするチョッパー
自分もようやく手元にあるデザートを口に運び
「サンジ!!やっぱり美味しいゾ!!!!」
お茶の給仕をしながらサンジが振り返り、にやりと笑う。
「あたりめぇだ。お前が皮を剥いて、俺様が料理したんだ」
美味いに決まってる
「また、お手伝い頼むな」
「もちろんだゾ!!」
特別なお手伝い
それは、チョッパーの楽しみだけれど
実は密かにみんなの楽しみ
『あの、種が美味く割れなかった時のじたじたしてるのが可愛いのよね』
『種が上手く割れた時の『褒めて!!』と謂わんばかりの笑顔が実に幸せそうなんだよな』
『真剣に、種を見つめぷるぷる震えながら割ろうとしてるところが良いのよね』
―――そして何より
『『『『上手く割れて『褒めて褒めて!!』ってゾロにわくわくした視線を向けて
ゾロが困るところが良い』』』』
褒め言葉が上手くでない男が
きらきらした瞳でおねだりしてくる小動物に
重々しく頷いたり
頭撫でたり
『これは、剥きやすいな』
等と返してるのが、実に良い。
ごっつい男と小動物の不器用な触合いは、見ていると心和む。
しかも、たまに笑える。
美味しく食べ終わり
サンジは機嫌よく片付けに入り
皿を下げに行くと
チョッパーがゾロと話しながら皿をまとめている。
ゾロも、さり気なく手伝っているのが笑える。
「ありがとな」
「たくさんあるから一緒に運ぶゾ!!」
小さなお盆に運べるだけの皿を載せて、よろよろと歩き出すチョッパー。
その後ろを―――チョッパーが転びそうな時に手が出せるように片手で器用にお盆に皿を載せて歩くゾロ。
さらに、その後ろを残った茶器類を持ってサンジが歩く。
流しに一纏めに運んでもらい
「ありがとさん!後は、俺様の仕事だから」
そして、もう一つ出来上がった物を取り出す。
「余ったキャラメルと、かぼちゃの種で作ったタフィー」
『皆に内緒な』
チョッパーに、こっそりそう言って笑うと
サンジにぎゅうっとしがみつき、グリグリと頭をこすり付ける。
『……母親と子供だな』
ゾロがこっそりそう思っていると
今度は、チョッパーゾロに突進してくる。
「!!」
結構、痛い。
「ゾロ!ゾロもありがとなっ!!」
自分を見上げて目をきらきらしているチョッパーの頭をぽんぽんと軽く叩いてやる。
そして、ふと、チョッパーが気がつく。
「サンジ、ゾロの分のタフィー無いのか??」
「おれの分は良い」
そう言えば、慌ててごそごそと貰った袋を開ける。
「はんぶんこするゾ!!」
「いや、いらんからお前が喰え」
そう言っても遠慮してると思ったらしく
「だったら、コレだけでも!!」
そう言って差し出された一粒のタフィー
断ったら、泣く
間違いなく、絶対に泣く
気がつくと、にっこり笑っているクソコック。
観念して、差し出されたタフィーにそのまま口を近づけ食べる。
「美味いだろっ!!」
まるで自分が作ったかのように自慢するチョッパー
結構な大きさだったため、口をもごもごさせながらも
「……そうだな」
なんとかそう返せば、さらに嬉しそうに笑う。
そして、袋から大事そうに一粒取り出しチョッパーも自分の口に運ぶ。
その美味しさにじたじたしながらサンジに感想を言っている。
そろそろ鍛錬に戻るかと、踵を返せば
チョッパーも、そろそろ行くようにサンジに促されついてくる。
と、ばたばたとキッチンの外で走り去る音がする。
気配には気がついていたが、あいつらも暇だな―――
チョッパーを見て癒される気持ちが解らないでもないので構わないが
ナミなどはどうも写真に撮っているらしい。
溜め息を吐きつつ振り替えれば
ひらひらと手を振るサンジ。
―――そして、漸く『各々』が持ち場に帰って行った。
とある船では、かぼちゃ料理が出ると
ちょっと、皆が幸せになれる
――――そんな小さな、御伽噺
END