私も蝶野先輩も、人間だから
だから、死んでもしちゃいけない事と
死んでもやらなきゃいけな事があるの

『一つ勝手な頼みがある』

消えていく鷲尾に『創造主は殺さない』そう約束した。

『安心して、死ねる』

そう云って笑みを浮かべ、最後まで創造主の身を案じて死んでいった鷲尾。
手を合わせて見送り、残されたのは傷だらけの自分と
動けなくなってしまった斗貴子さん。
















鷲尾は強かった。
しかも、獣特有の真っ直ぐな気性で命の恩人である創造主を慕い
だからこそ、彼女の願いを叶える事に何の疑問も抱いていなかった。
死を恐れるのは生物の本能、だから生きる為に足掻く創造主の行為は間違いではない。

生きたい者こそ、生きるべき

その言葉は、確かにその通りで、再度、あの時の先輩の声が蘇る。




私は生きたい





一度死んでいるから、その言葉が重い。
もし、あの時のまま
自分が死んだままだったらと思うと、言い知れぬ恐怖感が襲ってくる。
そして、ふと、夜中や授業中やまひろと話しているときに


『これって、夢じゃないよね』

『私、生きているよね』

『大丈夫、だよね』


何度となく、頭を過る想い。
自分の心臓が核鉄に代わり、実は荒治療だったと聞かされた。
それでも、今は何の支障も無いし
いつも通り、もしくはそれ以上に体が動く。




私は生きたい


私だって生きたい




そして、それは、ホムンクルスにされた人々
ホムンクルスの餌にされた人々にだって共通する想い。



『生きたい』



それは、死に直面しなければ
生きている事が当たり前すぎて想い浮かぶ事も無い。
発症してすぐにでは無く
じわりじわりと死へと近づいていく。
ある日突然、昨日までできた事が出来なくなる。
吐血が始まり、その量と回数が多くなり
誰にも心配されず、止める術も無く
砂を噛むような思いをしてきたのであろう五年間について思いを寄せる。
それは、多分、自分が一度死んだから
その恐怖の一端を窺う事ができるが、それでも、限界がある。



明日、死ぬかもしれない恐怖を五年間



研究が間に合うのか、それすらも解らず
ただ、必死に努力し続け足掻き続けた日々
それを思うと、彼女を殺せない自分が居る。



彼女が孕んだその闇と狂気は
今の自分には、他人事とも思えない。
だから、もう一度会いたい。
会って、話したい。
その抱かかえた想いも一部でも良いから
自分が助けられはしないだろうかと。






動けない斗貴子さんは、自分を置いて行けと言う。
自分の命よりも、蝶野先輩の計画の阻止を優先しろと。
戦士であるこの人にとっては当たり前かもしれない。
まだ、自分で命の始末をつけられるだけ恐怖は短いのかもしれない。



それでも、あんな怖い思いはさせられない。


『今度こそ、日常に戻りなさい』


そんな優しい言葉を掛けてくれる友達。




――――だけど、ね




一度死んで心臓を無くし、何より蝶野先輩を知った今。
結果がどうなっても、日常になんて戻れない。








「斗貴子さん、詰め放題のお菓子とか、野菜とか知ってる?」
「は?」
「あれってさ見た目よりも、入れ方によっては物凄く入るの。
 袋を破かないように入れるコツがあってね」
「何の話だ」
「つまり、私は袋詰めの達人なの!!」


欲張りと言われても、手に入るだけのモノは、全て頂きます。


「コラァーーーー!!」

斗貴子さんの絶叫が背中から響く。
降ろせ叫ぶが、満足に動けないので飛び降りる事もできず

「斗貴子さん、少しでも手に力が入るなら背中掴んで凭れ掛ってて!!」
「キミが降ろせば良いだけだろうがっっ!!」
「だって、もし、走っている勢いで斗貴子さんが海老反っちゃても、気が付かずに走り続けちゃいそうだし」

足は絶対離さないから、斗貴子さん頭を打つかも?

「……ホムンクルスが脳に侵入する前に壊れそうだな」

諦め顔をしているだろう斗貴子さんが思い浮かび笑ってしまう、


何の訓練も受けていない自分が、こんなに動けるのも
軽いとは言え、斗貴子さんを背負って走る事ができるのも

間違いなく、核鉄の力。

大人しくなった斗貴子さんの重み。
道のナビと公共交通機関の最短の距離をしらべてくれてあるので


小柄な彼女に比べ、痩身とはいえ自分よりも背が高そうだった蝶野先輩はもっと重いのかな?







彼女ともう一度会って話して、そして、伝えたい事がある。








寮に到着したのは、既に夕方。
丸一日不在の挙句に、女の子が二人でぼろぼろ。
点呼はごまかしてくれてあったし
昨日の突風で吹き飛ばされてぎっくり腰になった斗貴子さんを、おんぶして戻ってきたとの言い訳も受入れてくれた。
やばい事に巻き込まれているのでは無いか、と岡倉が心配そうに言う。

「喧嘩だけじゃなくて、色んな意味で男手が必要なら」
「大丈夫―――確かに、ちょっと大変な事になってるけど」
みんなの心配そうな表情に笑ってみせる。
「それも、今夜で全て終るから大丈夫!!」
「事情、話せなくても力だけなら貸せるぞ」
「本当に大丈夫。女の子同士腹を割って話してくるだけだから」

どうして、彼女が言うと 腹を割る=切腹 に聞こえるのだろう。
ついでに、物凄い血だらけに見えるのけど、よく、ここまで通報されずにすんだなぁ……
そんな皆の考えにお構い無しで

「だから、帰るまで斗貴子さんをお願いね」

と、まひろに託せば彼女はノリノリでナースに変身する。

「任せて!何を隠そう私は看護の達人よ!!」
「かずきが二人いる……」

うなだれた斗貴子さんに新しい携帯と斗貴子さんの核鉄を渡され、目的地に向って走り出す。


蝶野の実家しか、もう、彼女の行き場所は無いだろう。
だから、彼女のお父さんとその彼の後ろに二人の黒服が出てきた時
最初は、彼女を隠しているのかと思ったけれど


「家督を継がせるための英才教育を施したにも関らず
 今じゃ高校を2回も留年する今年で二十歳のひきこもり」


忌々しげに顔を歪める父親
留年は、病気のせいで、彼女自身が悪い訳じゃない。
もし、発症していなければ彼女は普通に大学へも行っていただろう。
思わず、蝶野の父親に反論する。

「だって、留年は病気で」

しかし、反論を遮られ。元より聞く気は無いのだろう。

「おまけに今度は昨日の突風事件の後、行方不明。警察や学校からの事情聴取と連絡で面倒迷惑この上ない」

「……あなた、蝶野先輩のお父さんですよね?先輩、病気で苦しんでましたよ」
「それがどうした?」



目的が果たせないなら、ただの役立たずだ。
あいつを見つけたら伝えておけ。
家督は次郎が継ぐことに決まった。

オマエは、もう、要らんとな。



一方的に言われて閉じられた扉。

お腹の中に重く熱い塊
何で、心配じゃないの?
親にとっては、いるだけで可愛い娘じゃないの?
ただの、役立たずって何なの?

自分の事じゃないのに、無性に苦しくなった。


まひろの携帯に連絡して、斗貴子さんに繋いでもらう。
電話の向うで広がる騒がしさに、ふと、寂しさを感じる。

「ここは、蝶野先輩の居場所じゃない」

あの父親は彼女をかばったりしない。
オバケ工場も以前入院していた病院も、彼女は行かないだろう。

「これだけ広い家なら、家族に隠れてこっそり帰れそうな場所あるかも……」
「……曾曾祖父の研究日誌は蔵にあったと言っていたな」
「そこかも!!」

こっそり、庭に忍び込み蔵を探す。
どれも、外から錠前が掛かっているのに、一つだけ錠前が外れているものを見つける。
扉を開ければ、そこに座っていた蝶野先輩

「見つけました、蝶野先輩」
「貴女は……武藤さん」


「蝶野!!」「武藤!!」


互いの興奮がピークに達し同時に失血と吐血。
繫がったままの携帯から、心配そうな斗貴子さんの声に名前を呼ばれる。
互いに、既に力尽きてがっくりと床にへたり込んでいるが時間が無い。


「貴女が生きているという事は、鷲尾は敗れたのね」
「えぇ……最期まで貴女のことを心配してました」
「それが、なに?」
先に立ち上がった自分を見上げる瞳には憎悪の色しか無く。
唇の端がゆっくりと上がり、自嘲の笑みを浮かべる。

「目的を果たせないなら、ただの役立たずでしょ?」

それは、多分、彼女も知っていたのだろう。
父親がどのように自分を想っているか。

「解毒剤と、ホムンクルス本体を此方に渡して下さい」
「解毒剤は差し上げるわ、でも、こちらは駄目」
「このまま、貴女をホムンクルスにする訳にはいかない
 もうこれ以上の犠牲者は出さないって決めたの」

何とか、立ち上がろうと方膝を付き
顎を伝って滴り落ちる血を指先で拭う彼女を説得しようとするも

「話しても無駄だ、かずき。
 ソイツにもう届く言葉は無い。早くホムンクルスを奪い取るんだ」

斗貴子さんが決断を下す。
それでも、終わりにしたくなかった。
彼女の手から、ホムンクルスを渡して欲しかった。

「斗貴子さん……でも、最後にひとつだけ」

「蝶野先輩
 貴女が例えホムンクルスと人間のどちらに転んだとしても
 今のままなら、死んでもずっと、独りぼっちのまま」

お墓があっても、お花もお線香も手を合わせる人も無い
誰の記憶にも残らない


――――違う、私の記憶には残る。


でも、私もいつまで生きられるのか、解らない。
だって、核鉄がどうなるかなんて知らない。
このままずっと、心臓の代わりをしてくれるのか?
それとも、力を使いすぎると寿命が縮むのか?
今は良いけど、拒否反応がでてくるんじゃないかとか?

命のかわりになるくらいの凄いものなら、欲しがって奪いに来る人もいるんじゃないのか、とか。

あぁ、だからかな?

考えたら、自分もこの人の犠牲者だったんだ。


「もし、貴女が犠牲者に償うと誓ってくれるなら私が――――」

睨み付けて来る蝶野先輩の瞳はぎらぎらと輝き
生きる事への執着が感じられる。
荒い息の下、何かを言おうとしていたが


「それがどうした?
 死んだ後の事なんて関係ない」


既に、いっぱいいっぱいだったため、後ろからの気配に気がつけなかった。
黒服の男に後ろからがっしりと羽交い絞めにされて見上げれば
戸口に寄りかかる、蝶野先輩と同じ顔の青年。

「オマエ、偽善者だな」

その青年がこちら指差し鼻で嗤う。
どかどかと入ってきたもう一人の黒服は、蝶野先輩の手首を後ろで掴み引き立たせる。

「何の用?次郎」

先程までのギラギラとした瞳がすっと落ち着き
その表情には何の感情も無くなった蝶野先輩。
次郎、とは、先程父親が言っていた蝶野先輩の弟だと気が付く。

「なんだ、オマエ父さんの伝言伝えてないのか?
 家督の件、今度正式に僕が継ぐコトになったよ」

にやにやと、先輩の周りを威嚇するように歩き嬉しそうに喋り始める。

「まぁ、そんなコト?私には、もう、どうでも良いわ」

姉の言葉に、次郎の気配が変わる。
それは、苛ただしさに満ち溢れ何とか、相手を打ちのめしたいとそればかりだ。
わざと、姉の顔を覗き込み、その表情のどこかに奪われた悔しさや絶望感を読み取ろうとするも
蝶野先輩は、到って冷静だった。

「へぇ――――そう?でもね、僕には凄く大事なコトなんだ
 たまたま、蝶野が昔から性別に関係無く『第一子』に家督を継がせると決まっていただけで!!
 女の癖に英才教育受けて、跡継ぎだって言われて!!
 それに引き換えて僕は同じ蝶野の家に生まれたのに一年遅かっただけで
 長男なのにも関らず、ずっ――――と姉さんの予備扱い
 普通の教育!
 普通の学校!
 普通の生活!
 名前だってひぃひぃじいちゃんにちなんだ由緒ある”爵”の一文字付けてもらえず到って普通!
 しかも、長男なのに跡継ぎじゃないから”次”郎
 姉さんが発病するまで、僕がずっと地を這うイモ虫だったんだ!!」

歯を剥き出しにして、ひたすら不平不満を姉にぶつける弟、次郎。
だけど、それは、本来姉では無くてあの父親にこそぶつけるものじゃないの?
家庭の事情や環境なんて良く解らない。
けれど、一つだけ理解できたのは、
家族である姉の病を、この弟は心底喜んでいる。
ちりちりと、胸の奥が熱くなる。
なんで、だれも彼女の心配をしないの?

どうして、貴女は、何も言わないの?

ほんの少し眉を顰め、弟の言葉聞いていた彼女だったが

「だからさ、今更病気が治られちゃ困るんだよね」

その言葉と共に、次郎がフラスコを手にした瞬間に顔色が変わった。
弟はそんな姉の表情に、漸く満足そうな笑みを浮かべる。

「話はイマイチわからなかったけど、これがあると姉さんは助かるだろう?」

指先でフラスコを揺らすと、ホムンクルスが気泡を吐く。

「おやめっっ!!それは完成までにあと少し時間が―――」

にたり、次郎は嗤いその指先を離す。
落下したフラスコは、甲高い音と共に飛散し
中に居たホムンクルス本体は、か細い鳴き声を上げヒクヒクと引き攣った動きのみで。

狂ったように叫び声を上げる蝶野先輩と
狂ったように笑い続け「オマエなんて死ね」と罵声を浴びせ続ける次郎

「テメェなんて何の役にも立たねぇ!!誰も必要としねぇ!!」
「死ねよ!!さっさと死ね!!」


その叫びは、子供を失った親の慟哭にも似て
腹の底からの嘆きは、呪いとなる。
自分達も彼女からそれを奪おうとしていたのだ。
ここで壊されてしまえば、結果は一緒。


それでも


彼女に納得して渡して欲しかった。
彼女の犯した罪は事実
けれど、彼女の努力も事実


目の前の光景に沸きあがる、叫びたくなる様な怒り。
そして、後ろから羽交い絞めしていた男の手が不埒な動きをし始めたのに気が付く。

「な、この一族、狂ってて面白いだろ?
 次郎さん、オマエとあの女は俺達で好きにしてイイってさ」

実の姉なのになぁ

下卑た笑いが耳元を擽り背筋に悪寒が走る。
喰いしばった歯からぎりりと音が漏れ
噛締めすぎて口の中に血の味が充満する。




「来いっっ!!」

最早正気を失ったかと思えるような悲痛な叫びを上げていた彼女が
精一杯つかまれた腕を伸ばして、叩きつけられたホムンクルスに呼びかける。

「お前は私の分身!!
 誰よりも何よりも生きたい筈!!
 だからおいで!!私の許へ!!

 華麗なる蝶々に今こそ生まれ変わるの!!」





一瞬の、出来事だった。
蝶野先輩が言葉が終ると同時に後ろに弾き飛ばされ
制服がふわりと浮き上がると同時に内側からズタズタに切り裂かれる。
それは、蛹から蝶々が孵化し古い衣を脱ぎ捨てるかのように
豊満な胸を覆うのは紐無しハーフ丈の黒いビスチェ
揃いのショーツに
ガーターベルトで止められたストッキング
全てが黒地にレースがあしらわれ
ワインカラーと紫の糸で蝶が縫い取られている。

その手が、離れた場所に居た筈の弟、次郎の額に軽く当てられているように見えるが
次郎自身は動けないらしく「何が起こった?!」と足掻いている。


「ねぇ、武藤さん
 貴女確か……これ以上の犠牲者を出させたくないって言ってたわね?」

額に宛てられた手が柔らかく光ったと確認した瞬間に、短い悲鳴と共に次郎が消える。

「残・念」

ごくり、と蝶野先輩の喉が鳴る。

「悪魔の様に黒く
 地獄の様に熱く
 接吻の様に甘い

 これが、人間の味」

舌なめずりをしながら、甘い吐息を漏らす。
胸元から、パピヨンマスクを出して装着し満足そうな笑みを浮かべる。



「この、変態め!!」
自分達を羽交い絞めにしていた黒服が、拳銃を出して蝶野を打つが全く効かない。



「あんっ……意外と痛いけど、ちょっと、快感」

上気した頬で笑いながら、逃げようとする黒服を捕食する。
自分の横をバレリーナが飛ぶようにフワリとすれ違ったが
そのあまりの速さに、止める事もできない。





携帯から、斗貴子さんが逃げろと言うが
まだ、解毒剤を見つけていない。

不意に力が抜け倒れこみ、すれ違いざまに切り刻まれていた自分に気が付く。
倒れこんだ自分のところに戻ってくると、足で身体を反転させられ目の前で血だらけの指をべろりと舐める。

「イイ様ね――――武装錬金無しでホムンクルスは倒せない。勝負あったわね」

もう一度、ぴちゃりと指先の血を舐める。

「それにしても、美味しい……デザートは、貴女で決まりだわ」



血だらけになった顔に、冷たい手が添えられる。
このまま食べられるのかと想ったが

「食べるのは、最後――――もっと、己の無力さと絶望に打ちのめされた後よ」


でも、味見をしておきたいの。




耳元での囁きは、甘さと熱さを伴って私に喉の渇きを招く。




ひやりとした手で顔を持ち上げられ、さらりと黒髪が落ちてくる。
ピチャリと冷たく湿ったモノが唇に宛てられる。
つつ、と爪が顎の下から首を通り胸の真ん中を通れば、ジャージが綺麗に裂けていく。
爪で裂かれたのはジャージだけではなく、ブラジャーもで。
ぼんやりと、コレも経費でおちるのかなぁと考える。
ところどころ、赤い線が走ったのは、まだ、上手く力の加減が出来ないせいかしらと無邪気に嗤う声。

何とか身をよじり、その手を止めようとするも
ひやりとした掌に乳房をつかまれ、柔らかく揉みしだかれ
もう片方の手で前髪をつかまれて床に押し付けられる。
上から圧し掛かられた身体は重く顔も固定されて、流れ出る血は舐め取られ
既に、血が止まり核鉄の治癒能力で塞がり始めた傷を
再度爪で切り裂き、猫がミルクをすくうように舌先を這わせる。

「い、はぁ……や、あぁっ」

痛みなのかくすぐったいのか熱いのか
考えたくも無いけれど、身体の奥底からジリジリと湧き上がる震え。

「ここに、核鉄はあるのねぇ」

ふふっ、と嬉しそうに胸元に赤い唇を寄せると

「ひぃっ」

柔らかく、唇を押し付けられた後に噛み切られ
滲み出る赤い珠を舌先で拭われる。

「もう少し、お洒落な下着を着けてほしいものねぇ」

切り裂かれてずれてしまったブラジャーを目にして、綺麗な眉が顰められる。
肌色のスポーツブラは嫌いらしいが、そんな事、私の知ったことじゃない。
何とか、止めさせようと手を伸ばすが

「……まさか、ショーツも?!」

いきなり身を起したかと想うと、思い切り、履いていたジャージを下げられて
大きな溜め息を吐かれる。

「もう少し、色気のある物を履かないと美味しそうに見えないわ」

「見え、なく、て、結構……です」

とぎれとぎれに返せば

「うぁっ!……あっ、ぁん」

爪では無く、指先でショーツの窪みを何度もなぞられ思わず声が上がる。

「武藤、貴女感度良いのねぇ」

「やぁ、だ、」

舌先を臍のくぼみに差し入れられ、
同時に胸の突起をぐりっと押される。

「このまま、食べちゃいたいけれど」


そろそろ、お預けね



離れていく、身体の重さ。
身体は恐ろしく熱く、震えが止まらない。



「あの女がホムンクルス化するまで、残りあと3時間」




その言葉に、飛んでいた意識が戻る。



「貴女はそこで、今しばし己の無力さに打ちひしがれてなさい」






バタンと扉が閉まり蝶野の気配が遠のく。





遠く転がっていた携帯から、斗貴子さんの声が聞こえる。

もういいから、帰ってこい
キミはよくやった

――――あぁ、だけど

云う事を聞かない身体を引きずって、携帯を拾い上げる。

「斗貴子さん、ちょっと、みんなに代わって」

助太刀なら任せろよ
課題は、ある程度できてるからね
帰ってくるときは、寮の裏から
斗貴子さんのコトは任せてね

みんなが、心配してくれてるのが解る。
それだけで、やっぱり、守りたいなって想う。

身体の疼きを何とか押さえ
斗貴子さんに、もう少し待っていて欲しいと伝える。
必ず、解毒剤は持って帰る。

だから、斗貴子さんの力も少し借りるね











扉が開き、先程の見かけの柔らかさすらない蝶野が嗤う。

「ちゃんと、打ちひしがれた?
 まだ、時間は早いけれどやらなきゃいけないコトが出来たの」

何とか立ち上がり、破られたジャージがこれ以上肌蹴無い様に前で結ぶ。


「超人パピヨンの聖誕祭
 こんな凍てつく闇夜にふさわしい

 超特大の篝火を点けましょう」


どうせ、蝶野 攻爵を必要としなかった世界なら
全て、燃やし尽くしてしまえばよい


にたりと笑う彼女に、最後の決着を申し込む。


「まぁ、せっかくのダブルランスもすぐに分解してしまいそうね
 
 それで勝とうなんて、可笑しくて……」



会話が途中で切れ
蝶野の唇から、大量の血が流れ出る。
不完全なホムンクルス
半不老不死の病気の身体
半永久の痛みと苦しみをこの先ずっと味わい続ける出来損ない。


斗貴子さんから知らされた、真実


「でも、大丈夫」


それでも、蝶野は嗤う

「だって、ほら、目の前にもう一つの新しい命」

胸元から出された、解毒剤の入った培養器を開ける鍵。
それを彼女が飲込み、互いに最後の一撃を繰り出す。

その、両手をランスで壁に縫いとめ
柄の部分を引き抜けば、刺さった槍先はそのままでもう一つのランスとなる。
それを首許に突きつければ、驚愕した蝶野。

「どうして……不完全とはいえ、超人の私がただの人間の貴女に……」
「ただの人間だけど、命がけで闘ってココ迄きたの
 だから、今まで自分で闘わなかった貴女より、少しだけ強くなれた」



壁に背中ごとぶつかった時に吐血した為、蝶野の口元は血に染まっている。
その唇を上げて、まるで他人事に用に微笑む。

「そう、それで強くなった貴女は私をどうするの?
 私は、もう、人にも戻れないし
 ホムンクルスは人喰いも止められない
 解毒剤の鍵も私のお腹の中
 出てくるまで待つ時間も無いわ」

斗貴子さんは、救わなければいけない。
もう、これ以上の犠牲者は出せない。


――――だけど


もっと、彼女と話してみたかった。
もっと、彼女の苦しみを理解してあげたかった。
最期を迎えるまで、彼女に自分の隣で笑っていてほしかった。


彼女になら、自分の苦しみを理解してもらえるかもしれないと想った。



ランスで壁に留められた蝶野は、標本箱の中の蝶々さながらで
その美しさは、本物の蝶々に遜色なく
その表情は、少しだけスッキリしていて
彼女はもう、結果が解っているのだろう。
今はそれしか方法が無い事も、解っている。

「さぁ、貴女は私をどうするの?」



顔を上げて、正面から彼女を見つめる。

綺麗な顔
生きる事に恐ろしく貪欲で
何故、彼女の身に病が降りかかったのか。
その、生きる事への純粋な思いが起こした結果。



自然、引き寄せられてその唇に唇を重ねる。



「ごめんなさい―――――― 蝶野 攻爵」

たった、一言しか言えなかった。



「謝らないで――――偽善者」

揶揄するような、明るい声音
化け物特有の大きく開かれた口

あぁ、貴女は自分を殺す私に
『今から殺すのは、人では無く化け物だ』と強調してくれるのね。




その、顔に傷が付かないように
身体の中心目掛けて止めを刺す。









鍵を、届けなくちゃ








けれど、意識はそこまでで―――――






目覚めたら朝日が昇り
斗貴子さんに鍵を届けられなかった事に絶望感がこみ上げる。
けれど、頭を撫でられ居るはずの無い斗貴子さんの声が聞こえる

「知っているか?かずき
 キミの武装錬金のエネルギー
 間近で見ると太陽の光に良く似た山吹色なんだ」

決めてもらったランスの名前は「SUNLIGHT HEART」


斗貴子さんの無事と任務完了を知らされる。













原因不明の突風に吹き飛ばされて怪我をした事になった自分は、暫くベッドに縛り付けられて。
寮には工事が入り、ニュースでは蝶野家の集団失踪事件が流れ
学校では巳田先生が失踪したと噂が流れる。

けれど、当たり前にいつも通りの日々が始まり――――


『偽善者』


静かになると、蝶野に言われた言葉が頭を過る。

結局、自分は何も救えなかった。
誰も、助けられなかった。
鷲尾との約束すら守れずに
唇を重ねた感触だけが思い出されて、ただ、苦しい。





そんな自分に錬金の戦士へと誘いがあり
正直、どうすれば良いか解らない。








「武藤――――電話、友達だって」






治ったはずの傷は、決して癒えた訳でなく
その声を聞けば、簡単に蘇る痛み。


それでも、会える喜びと不安が胸を奮わせた。










――――――例え、それが罪だとしても











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