こっそりと自宅の裏側に回り、見つからないように蔵に忍び込む。
この蔵は、曾曾祖父のモノが仕舞われていて、滅多に人は訪れない。
家に戻る前に一度、オバケ工場によってフラスコを設置する培養器を取りに行き
ホムンクルスの本体が決して壊れてしまわないように細心の注意を払う。
今家に帰っても、誰も私の味方はいない。
せいぜい、コレを取り上げられて死ぬまで病院に閉じ込められるか
下手すれば、蝶野の家に座敷牢でも作られかねない。
鷲尾があの二人を始末出来れば、少し、楽になる。
ただ、ひたすら時間が早く過ぎていくことを願う。
置かれていた時計で辛うじて動くものが在ったため、時間は何とか解る。
携帯は、無くなってしまっていたし
財布にも、そんなにお金は入ってない。
何より、今、動き回って誰か家人にでも見つかってしまう危険性を考えれば
ここからは動かずにいるのが正解でしょう。
あと、三時間半――――
滅多になった事の無いお腹が鳴る。
そう言えば、昨日から何も食べていない……
「超人になったら、まず、何か食べましょう……何をいただこうかしら?」
フラスコの中のホムンクルス本体に話しかける。
これは、私自身――――だから誰も愛さなくても、私は愛してあげる。
蜜
扉がいきなり開けられて、武藤 かずきが飛び込んでくる。
自分の情報だけ握られているのは腹立たしいので
寮半壊のドサクサに紛れて、こちらも名前を入手した。
「見つけました、蝶野先輩」
「貴女は……武藤さん」
「蝶野!!」「武藤!!」
互いの興奮がピークに達し同時に失血と吐血。
互いに、既に力尽きてがっくりと床にへたり込んでいるが時間が無い。
「貴女が生きているという事は、鷲尾は敗れたのね」
鷲尾は、山に蝶々取りに行って偶然手に入れたレア素材
大鷲は、その野性の力と忠誠心は恐ろしく能力の高いホムンクルスとなった。
人間の身体は、自衛隊崩れの暴力団員。
ひ弱な私の体を鍛える為に、トレーナーとして父が付けた。
元々、体の弱かった私に専門知識も無いこの男を付けた父にも呆れるが
出向してきた暴力団員の割には融通が利かず、かなり無理矢理ランニングや筋トレをさせられた。
ホムンクルスになってからは、成長著しく、頼れる存在となったが……
「えぇ……最期まで貴女のことを心配してました」
「それが、なに?」
訳知り顔で自分に鷲尾の最期を伝える武藤 かずきに腹が立ち
唇の端がゆっくりと上がり、自嘲の笑みを浮かべる。
「目的を果たせないなら、ただの役立たずでしょ?」
それは、私の父親が私に言ったように。
いや、父は私だけでなく、自分の役に立たないものは同じ扱いだ。
確かに、目的が果たせなければ結果も出ない。
どんなに良い話だろうと、結果が出なければそれは何も為してないのと同じ事。
「解毒剤と、ホムンクルス本体を此方に渡して下さい」
どうして、この子は解らないのかしら?
「解毒剤は差し上げるわ。でも、こちらは駄目」
「このまま、貴女をホムンクルスにする訳にはいかない
もう、これ以上の犠牲者は出さないって決めたの」
何とか、立ち上がろうと片膝を付き
顎を伝って滴り落ちる血を指先で拭う。
立ち上がる事すら、満足に出来ない状態にゾッとする。
自分の中の命が、さらさらと音を立てて零れ落ちていくような
足元からどんどん、無くなっていく様なそんな嫌な感覚だった。
「話しても無駄だ、かずき。
ソイツにもう届く言葉は無い。早くホムンクルスを奪い取るんだ」
錬金の戦士の声が、武藤 かずきの携帯から聞こえる。
「斗貴子さん……でも、最後にひとつだけ」
「蝶野先輩
貴女が例えホムンクルスと人間のどちらに転んだとしても
今のままなら、死んでもずっと、独りぼっちのまま」
お墓があっても、お花もお線香も手を合わせる人も無い
誰の記憶にも残らない
――――それが、何?
生きているから、それが解るけど
死んだ本人には、そんな事は解らない。
私は、自分の死後に起こる事など興味が無いのよ。
だから、生きたいの。
どんな事をしたって生きたいの。
「もし、貴女が犠牲者に償うと誓ってくれるなら私が――――」
貴女が私の死後に何かをしてくれる事など、私には意味が無い。
して欲しいのは、生きている間。
死んだ後の事なんて関係ないのよ。
欲しいのは、生きるための手段。
それを、伝えたくても中々息が整わずに、ただ、健康そうな彼女を睨み付ける。
「それがどうした?死んだ後の事なんて関係ない」
戸口に寄りかかり、面白そうにこちらを見ているのは次郎。
そっくりな顔の弟だけれど、私は好きになれない。
黒服の男が背中に回り、両手首を後ろで捕まれ引き立たされる。
「オマエ、偽善者だな」
次郎が、武藤 かずきを指差し鼻で嗤う。
武藤 かずきも後ろから黒服にがっちりと羽交い絞めにされているが
その黒服の男の、体の密着のさせ方が気になった。
「何の用?次郎」
蔑んだ表情を作れば、案の定、屈辱に顔を歪める。
相変わらずの解りやすさに溜め息が出る。
「なんだ、オマエ父さんの伝言伝えてないのか?
家督の件、今度正式に僕が継ぐコトになったよ」
にやにやと、私の周りを威嚇するように歩き嬉しそうに喋り始めるが
「まぁ、そんなコト?私には、もう、どうでも良いわ」
心底どうでも良いので、追い討ちを掛けておく。
正直、今の私には蝶野の財産よりもホムンクルスの方が大事。
面倒臭いだけの跡取りなど、言えばいつでも譲ったものを……。
苛だたしさに満ち溢れ、何とか、相手を打ちのめしたいとそればかりが浮かぶ弟の顔が
私の顔を覗き込み、必死に悔しさや絶望感を読み取ろうとするのが解るが
残念な事に、本当にどうでも良いので悔しさも絶望感も浮かばない。
「へぇ――――そう?でもね、僕には凄く大事なコトなんだ
たまたま、蝶野が昔から性別に関係無く『第一子』に家督を継がせると決まっていただけで!!
女の癖に英才教育受けて、跡継ぎだって言われて!!
それに引き換えて僕は同じ蝶野の家に生まれたのに一年遅かっただけで
長男なのにも関らず、ずっ――――と姉さんの予備扱い
普通の教育!
普通の学校!
普通の生活!
名前だってひぃひぃじいちゃんにちなんだ由緒ある”爵”の一文字付けてもらえず到って普通!
しかも、長男なのに跡継ぎじゃないから”次”郎
姉さんが発病するまで、僕がずっと地を這うイモ虫だったんだ!!」
歯を剥き出しにして、ひたすら不平不満を姉にぶつける弟、次郎。
その表情の醜さに嫌気がさす。
言わせて貰うなら、こちらも第一子というだけで、
産まれた時から跡取り扱いをされ、女だからと周囲から口出しされ
外に遊びに行くのも、友達を自分で作ることもできず
名前だって、健康に育つようにと男名にされ周囲とは馴染めなかった。
でも、お前は自由に色々できていたじゃない。
大体、それは、父親に言えば良い物を。
胸の中の呟きは、けれど、声にはせず。
言っても、通じる相手なら兎も角
無駄に体力を減らす事を、今は避けねばならない。
「だからさ、今更病気が治られちゃ困るんだよね」
その言葉と共に、次郎がフラスコを手にした瞬間に血の気が引く。
満足そうな笑みを浮かべる次郎を、今すぐ八つ裂きにしてやりたい。
「話はイマイチわからなかったけど、これがあると姉さんは助かるだろう?」
指先でフラスコを揺らすと、ホムンクルスが気泡を吐く。
「おやめっっ!!それは完成までにあと少し時間が――――」
にたり、次郎は嗤いその指先を離す。
落下したフラスコは、甲高い音と共に飛散し
中に居たホムンクルス本体は、か細い鳴き声を上げヒクヒクと引き攣った動きのみで。
「いやぁぁぁあああああああああっっっっ!!!!」
か細い鳴声に、自分の末路を見る。
あんなに弱弱しく、叩きつけられて死んでいく。
許せない―――許せない許せない許せない
満足気に狂ったように笑い続け「オマエなんて死ね」と次郎が叫ぶ。
「テメェなんて何の役にも立たねぇ!!誰も必要としねぇ!!」
「死ねよ!!さっさと死ね!!」
アレを完成させるコトだけが私の生きる全てだった。
話しかければ、少しだけれど動く事もあった。
こちらの声に反応するだけの知能があり――――あれは、私自身だった。
そう、アレは私――――
「来いっっ!!」
口から自然と言葉が出る。
精一杯つかまれた腕を伸ばして、叩きつけられた私に呼びかける。
「お前は私の分身!!
誰よりも何よりも生きたい筈!!
だからおいで!!私の許へ!!
華麗なる蝶々に今こそ生まれ変わるの!!」
一瞬の、出来事だった。
鋭い針が痛みをあまり感じさせないように、額に一瞬チクリとした痛みはあった。
身体に力が溢れ出て、着ていた制服がふわりと浮き上がると同時に内側からズタズタに切り裂かれる。
それは、蛹から蝶々が孵化し古い衣を脱ぎ捨てるかのように
倒れてしまうと病院などに緊急で運び込まれて、意識が無いままに脱がされる事がある。
だから、いつ誰に見られても恥ずかしくない様に常日頃から下着には凝っていた。
自慢の胸を覆うのは、紐無しハーフ丈の黒いビスチェ
揃いのショーツに
ガーターベルトで止められたストッキング
全てが黒地にレースがあしらわれ
ワインカラーと紫の糸で蝶が縫い取られている。
それは、美しい女の戦闘服。
ふわりと跳躍すれば、簡単に離れた場所に居た筈の弟の前に降り立つ。
すっと掌を次郎の額に軽く当て掴むが、次郎はこれだけの事で動けなくなったようだ。
「何が起こった?!」
と、必死に足掻く。
こちらを、口を開けたままで見ている武藤 かずきに声を掛け
「ねぇ、武藤さん
貴女確か……これ以上の犠牲者を出させたくないって言ってたわね?」
掌に意識を集中すれば、短い悲鳴と共に次郎が消える。
「残・念」
流れ込んできた力に、ごくり、と喉が鳴る。
「悪魔の様に黒く
地獄の様に熱く
接吻の様に甘い
これが、人間の味」
舌なめずりをしながら、甘い吐息を漏らす。
胸元から、パピヨンマスクを出して装着すればこの上なく幸せな気分となる。
「この、変態め!!」
自分達を羽交い絞めにしていた黒服が、拳銃を出して打ってくるが全く効かない。
「あんっ……意外と痛いけど、ちょっと、快感」
上気した頬で笑いながら逃げようとする黒服を捕食する。
ついでに、すれ違い様に武藤 かずきの身体を何箇所か裂く。
彼女はこちらの動きの速さに付いてこれずに、ただ、立ち尽くしている。
錬金の戦士の逃げろと言う声が携帯から流れるが、こちらは逃がすつもりはない。
武藤 かずきの身体が血を噴出して床に崩れ落ち、。
倒れこんだ彼女の体を爪先を使って反転させ、目の前で血だらけの指をべろりと舐める。
「イイ様ね――――武装錬金無しでホムンクルスは倒せない。勝負あったわね」
もう一度、指先の血を舐める――――この娘の血は、とても美味しい。
「それにしても、美味しい……デザートは、貴女で決まりだわ」
血だらけになった顔を両手で包み込み、此方を向かせる。
開かれた瞳には、まだ、力が宿っている。
「食べるのは、最後――――もっと、己の無力さと絶望に打ちのめされた後よ」
その耳元で甘く囁く。
でも、味見をしておきたいの。
顔を持ち上げ血塗られた唇に舌を伸ばして舐め上げる。
綺麗になってから、もう一度、その唇の柔らかさを味わい甘噛みをする。
顔のあちこちに飛び散った血を残らず舐めとりながら
邪魔なジャージを脱がせる為に、爪を走らせる。
顎の下から、首をなぞれば喉が震えるのを爪を通して感じ
頬についた血を舐め取りながら、更に指を走らせる。
胸の真ん中を通れば、ジャージと下のTシャツが綺麗に裂けていく。
引っ掛かる所にあるのは、ブラジャーで。
それも切り落としていくが気がつけば、ところどころ赤い線が付いている。
布だけを裂くつもりが、柔らかな肌まで傷をつけてしまったらしい。
「まだ、上手く力の加減が出来ないせいかしら?」
勿体無いので、赤い線の走った胸元を、腹を舐め取る。
もぞもぞと、身をよじり逃げようとするので
乳房を掌でつかみ、柔らかく揉みしだいてみる。
私ほどの大きさではないけれど、丁度掌に収まる大きさの乳房の柔らかさはとても心地よく。
もう片方の空いた手で前髪を掴み床に押し付けて動けなくして
あちこちについた傷を探す。
治り掛けの傷を肩先や、腕、それに脇腹などに見つける度に
改めて爪で切り裂き、自分のつけた傷にする。
その度に出てくる血の甘さは、ワインの様に自分を酔わせる。
ぴちゃり、と舌先を這わせ
「ぁ……い、ぁん!」
舌先で傷を抉れば、漏れてくる喘ぎ。
その声があがる度にゾクゾクと湧き出てくる高揚感。
「い、はぁ……や、あぁっ」
明らかに痛みよりも快楽を拾い始めた身体は赤味を増し
漏れ出る喘ぎは甘く愛おしい。
「ここに、核鉄はあるのねぇ」
ふふっ、と胸元を指先で撫で、赤い唇を寄せて甘く口付けた後
「ひぃっ」
歯で噛み切り、滲み出る赤い珠を舌先で拭う。
その時、切れた下着が偶然目に入る。
「もう少し、お洒落な下着を着けてほしいものねぇ」
切り裂かれてずれてしまったブラジャーは、肌色のスポーツブラで。
……もしかして
「……まさか、ショーツも?!」
彼女の履いていたジャージを下げてみて、嫌な予想が当たり大きな溜め息が出る。
「もう少し、色気のある物を履かないと美味しそうに見えないわ」
「見え、なく、て、結構……です」
とぎれとぎれにでも、必死に返してくる武藤 かずき。
その根性は中々のものですわね。
「うぁっ!……あっ、ぁん」
爪では無く、指先でショーツの膨らみをなぞれば仰け反る喉許は白く。
そこに唇を寄せながら、ショーツの窪みを何度か往復してやれば其処はじわりと湿り気を帯び。
「武藤、貴女感度良いのねぇ」
「やぁ、だ、」
首から、下にどんどん唇を滑らせ、舌先を臍のくぼみに差し入れ、
同時に胸の突起をぐりっと押して。
まだ、楽しみたいけれど
「このまま、食べちゃいたいけれど」
銃声と、いつまでも帰ってこない次郎を心配して
他の黒服が動き始めた足音が聞こえる。
ホムンクルスとは、とても便利な生き物だわ。
そろそろ、お預けね
身体の下にある温もりに名残は惜しいけれど、ディナーと行きましょう。
「あの女がホムンクルス化するまで、残りあと3時間」
「貴女はそこで、今しばし己の無力さに打ちひしがれてなさい」
扉を閉めて、母屋へと向う。
向う場所は一箇所。
空腹で、また再度お腹がなる。
「意外と、エネルギーを喰う身体ね」
ふと、顔を上げれば黒服二人がいる。
「誰だ?!」
その一言が、男の最期の一言になる。
「『誰だ』ね。まぁ、最近家に帰ってなかったし
私の事を覚えている者は、助けてあげても良いわ」
さあて、何人が覚えているかしら?
「誰だ?」
「次郎さんの彼女か?」
「誰だ?」
「まさか、旦那様の?!」
「誰だ?!」
「次郎さん、彼女いたっけ?」
「ここには、女性は住んで無いだろうが!!」
「じゃ、あの女は何なんだ?!」
「お前、何モンだ?!」
その声と共に、どんどん上がる断末魔。
誰も、この家の長女の事など覚えていない。
通常、警護に当たる者達は
例えその場に住んでいなくても
その守るべき家族の顔写真も家族構成も叩き込まれる。
つまり――――
目指した最奥の部屋。
幼い頃、良く部屋に入り込み書物を読みふけった父の私室。
懐かしい襖を開ければ振り返る父
そして
「お、お前、帰ってきたのか?!」
「 」
あぁ、呼ばれた名は
もう、十年以上前に出て行った母だった女の名。
その、腹を手刀で貫き
「 」
最期まで、私の名は呼ばれる事なく―――――
「なぁんだ、蝶野 攻爵は今宵ではなく、とっくの昔に死んでいたのね」
欠片一つ残さず、消えていった父親。
「それでは、ココからはパーティーの二次会―――――超人パピヨンの聖誕祭を始めましょう」
蔵で打ちひしがれている武藤 かずきの許へと向う。
もう、母屋には誰も居ない。
あの娘を閉じ込めたまま街へと繰り出しても良いけれど
私の言葉に必死になる武藤 かずきが見たかった。
また、あの唇に唇を重ね合わせ
あの身体に触れて、その命を感じたくなった。
扉を開ければ、満身創痍といえど自分の力で立ち上がる少女。
その瞳の力は未だ失われず。
「ちゃんと、打ちひしがれた?
まだ、時間は早いけれどやらなきゃいけないコトが出来たの
超人パピヨンの聖誕祭
こんな凍てつく闇夜にふさわしい―――――超特大の篝火を点けましょう」
どうせ、蝶野 攻爵を必要としなかった世界なら
全て、燃やし尽くしてしまえばよい
笑顔で言えば、想った通りに必死でこちらに立ち向かってくる。
そして、取り出されたもう一つの核鉄
繰り出されたダブルランスに驚く。
けれど、彼女はもう、フラフラで。
「まぁ、せっかくのダブルランスもすぐに分解してしまいそうね
それで勝とうなんて、可笑しくて……」
会話が途中で切れ唇から、大量の血が流れ出る。
痛みと吐血とふらつく足元。
こんなはず、無い。
私は超人になったのだから。
病だって治って、これから生きて行く為にホムンクルスになったのだから――――
不完全なホムンクルス
半不老不死の病気の身体
半永久の痛みと苦しみをこの先ずっと味わい続ける出来損ない。
錬金の戦士から知らされた―――――真実
「でも、大丈夫」
フラフラとしながらも、ダブルランスを持つ少女。
もう一つ核鉄があるのであれば、それを奪えばよい。
「だって、ほら、目の前にもう一つの新しい命」
胸元から解毒剤の入った培養器を開ける鍵を出し見せる。
それを飲込んでみせて、互いに最後の一撃を繰り出す。
相手は人間だから、超人の私に勝てるはずなど無い。
スピードだって、生命力だって、今の私なら上のはず。
けれど、広げた掌にランスを突き刺され
そこからエネルギーを吸い取るはずが、力比べで押されて壁に叩きつけられ口から大量の血が流れる。
そのまま、両手をランスで壁に縫いとめられ
それでも、武器がなければ止めは刺せないと想った瞬間に
柄の部分が引き抜かれ、刺さった槍先はそのままでもう一つの槍となる。
素早い動きでソレを首許に突きつけられ、ただ、驚く。
「どうして……不完全とはいえ、超人の私がただの人間の貴女に……」
「ただの人間だけど、命がけで闘ってココ迄きたの
だから、今まで自分で闘わなかった貴女より、少しだけ強くなれた」
計算した事は中々計算どおりにならず
想わぬ結果が生み出され
これだから、世界は面白く――――私は、生きたかった。
「そう、それで強くなった貴女は私をどうするの?
私は、もう、人にも戻れないし
ホムンクルスは人喰いも止められない
解毒剤の鍵も私のお腹の中
出てくるまで待つ時間も無いわ」
錬金の戦士を救うために
もう、これ以上の犠牲者は出せない為に
貴女は私を殺すしかない。
――――だけど、貴女は優しいから
こんなにも、解りきった状況でも迷うのね。
美しく羽ばたくはずだった自分が壁に縫いとめられ
羽ばたく前に、標本にされて
それでも、蝶として死ねるのであれば
病に負けて死ぬよりは悔いが無い。
ここまできて、まだ迷い俯く武藤 かずきの旋毛が見えて思わず笑ってしまう。
「さぁ、貴女は私をどうするの?」
顔を上げさせて、正面からその瞳を見つめる。
人懐っこさと真っ直ぐな気性が滲み出た、愛嬌のある顔。
人の為に、必死になれる愛すべき愚か者。
何故、私の最期に貴女みたいなのが現れたのかしら。
貴女に会わなければ、私は完璧な超人になれたかもしれない。
泣きそうな表情になった少女が、何かを決心したかのように唇をきゅっと引き締める。
ふわりと空気が動き、冷えた身体に人肌の温もりが伝わってくる。
自分の冷えた唇に、柔らかくあたたかな唇が重ねられる。
離れる唇に寂しく想い。
今、自分の手が動けば抱き寄せて、今度は私から唇を重ねられるのに。
「ごめんなさい―――――― 蝶野 攻爵」
嗚呼――――私の名前……
「謝らないで――――偽善者」
揶揄いを含んだ声で返す。
貴女が殺すのは、人では無くてホムンクルス。
何故、最期が貴女だったのかしら?
けれど、貴女でなければ―――――こんなに静かな気持ちで、死ぬ事は出来なかったでしょう。
身体の中心を熱が通り抜けたような熱さを感じる。
綺麗な、太陽の光が私を焼き尽くした。
……コポ
ゴポ
生き
てる
……
それは、自分が作り出したホムンクルスのように
フラスコと、そして培養液の中
信じられないけれど、自分は生きていて
そして、自分を助けてくれたのは――――
新たな、戦いが始まる。
それは、あの娘を哀しませるのは間違いない。
けれど、そのお陰で
私はもう一度、貴女と巡り会うことができる。
私を殺した事で、どれだけ貴女は苦しんだかしら?
その、優しい心に付けたであろう傷
その、柔らかな肌に付けた痕
全てをもう一度、貴女に刻み付けさせて――――
END