腹を括れ』と言われた事よりも
『告白された事がある』と告げられた事に一番驚いている自分が、滑稽だ。








キマジメナ アナタ









勢い良く振り下ろしたハリセンで蹲った悟空に、どうすべきかと三蔵は思った。
出来ればダッシュでここから逃げ去りたいが、それは、絶対すべきでない事くらいは解っている。
ある種の身の危険も――――感じない訳では無いので、取敢えず寝台から立ち上がる。
立ち上がって、ふと目に付いたのは、テーブルの上の煙草。
テーブルに着いて煙草に火をつける頃には、引き攣った顔の悟空が近寄ってきていた。
仕方なく、座れと目線で促せば慌てて椅子を引いて座り、安心したかのような溜め息を吐いている。



―――猿の癖に、生意気なんだよ。



こいつは、今、俺がこの部屋から逃げ出すかも知れない、と考えたんだろう。
誰がテメェ如きから逃げるか。
生意気だ。
俺に腹を括って付き合えだの
町で告白されただの
何もかもが生意気すぎて、眩暈がする。


心の中で悪態を吐きながらも、いざとなったら、互いの間にあるテーブルを盾にして逃げられるように
出口に近い方の、いつもなら悟空が座る席を陣取った三蔵は、表面上はそう見えなくても、内心かなり動揺していた。
煙草で若干落ち着いたものの、正直、話が全く違う方向に行ったのが不味かった。
悟空の成長を認めていなかった三蔵にとって『恋愛を語る猿』と言うのが、かなり想定外の出来事で
更に云えば、生々しい夢精の話なんざ、できれば聞きたくなかった。
その上、この猿は自分に対して恋愛感情を持っている。
発情相手が男と云う所で、寺で放任主義と言うのが不味かったのかもしれないと、独り反省会をしたい気分だった。
吸っていた煙草を灰皿に押し付け

「悟空」

名前を呼べば、顔を上げて真っ直ぐな瞳を向けてくる。


「まず、確認しておくが俺もお前も男同士だ」
「解ってる」
「恋愛が悪いとは言わん。だが、普通、相手は異性だ」
「知ってる。でも、俺は三蔵を好きになった。
 沢山考えて、考えて、それでも出た答えが三蔵だった」



流石に告白してくるには、相当な覚悟が要ったであろう事は察せた。
その点については、認めざるを得ない。現にこちらは、相当のダメージを受けた。



「勘違いとか、気の迷いとか、思い込みとかそう云った事もある」
「俺も、そうかと思って一杯考えた。
 だって、三蔵は、顔も声も良くて金も地位も権力もあって。
 俺は助けられてるし、それで、気の迷いとか勘違いとかそういうもんなのかなって
 でも、性格悪いし意地悪いし、すぐ暴力振るうしマヨラーだし
 八つ当たりとかもするし、どう考えてもマイナスの方が多いのに―――――俺は、そんな三蔵がやっぱり好きで」

 
でも、恋愛ってそう云うもんだよね。


ハリセンで10発以上殴りたかった。
悟空は心底、正直にそう思っている気持ちをストレートに伝えてきているだけに、悪気も何も無い。
それだけに、性質が悪い。


「俺さ、三蔵が俺のことを八戒と悟浄に引き取らせようとしてたの、結構前から解ってた。
 三蔵が俺のことを大事にしてくれてるのも、嬉しかった。
 でも、八戒の家に美味しいご飯があっても、三蔵が居ないなら意味がないんだ。
 ここの食事は確かに八戒の手料理に比べれば不味いけど、飯が不味くたって、好きな人の傍が良い」

きゅっと、膝の上で掌を握り締めて肩を震わせ、つっかえながらも告げてくる悟空。
三蔵は、そんな悟空を見て、仕方が無いと思った。


「……解った、今まで通りここで暮せ。八戒たちにも、出張の時だけ預かって貰うようにする」

「ありがとう、三蔵」


すん、と鼻をすすってちょっと、潤みがちの瞳で三蔵を見上げた悟空は、嬉しそうに笑った。
これで、取敢えずこの話を終らせてしまえれば良いんだがな、と、そんな考えが浮かんだ三蔵だったが



「じゃ、三蔵も腹を括って俺につきあってくれるんだよね」




―――三蔵の中で、第二ラウンドのゴングが鳴り響いた。





「待て」
「何が??」
「今まで通り、一緒に暮すだけじゃ、駄目なのか」

悟空の視線が一瞬揺らぐ。

「確かに、今までの暮らしって、幸せだったんだけど」
悟空は口篭り、紅い顔をして三蔵を上目遣いでじっと見る。
「何か、やっぱ物足りないって云うか、 できれば、三蔵がどう思っているかとか気になるし」
もじもじと何か恥ずかしがっているた悟空だったが
「それに、どう、処理してるのか……気になるっていうか、知りたいって言うか」
「何をだ?」



「三蔵は、どうしてるの?やっぱり、女の人買ったりとか、外に稚児がいるのか?」



つまり、何だ、俺の性欲処理の方法を教えろと――――――そう云う事を、言っているのかこの猿は?



三蔵がそれを理解するまでに、暫く時間を要したのは仕方が無い事だった。
直球勝負の性質の悪さに、聞かなかった事にしたかったがそうも行かず。

「お前には、関係ない」
「関係なくない!!」

関係ないだろう、と言い終わる前に、悟空がバン!!とテーブルを叩いて立ち上がる。


「俺、三蔵が好きなんだよ?!気になるに決まってるじゃん!!」


ぐしっっと鼻をすすりながら、真っ赤な顔で身を乗り出した悟空の迫力に、流石の三蔵も驚く。

「だってさぁ、三蔵が誰か知らない奴と、そう云う事してるのなんて嫌なんだもん!!
 だからって、知ってる悟浄や八戒が相手って云うのも、もっと嫌だけどっ!!」

「気色の悪い事をいうなっ!!」

「でも、だからって、もしAVとかオ○ホールとか、道具使ってる三蔵ってのも、もっと嫌じゃんっっ!!!」

スパァーーーーーーンッッ!!!!!!

「テメェは大声で何叫んでんだっっ!!!!!!」






―――――――三蔵は、心底、泣きたくなった。







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