いくらなんでも、この状況でハリセンは無いんじゃね?





痛みのあまりに蹲りながらも、悟空はそう思った。








キマジメナ アナタ








じんじんと、頭頂部が痛い。
おかげで先程までの張り詰めた緊張感も
がくがく震えていて、いつへたり込んでも可笑しくなかった足も
握り締めて、掌の真ん中についてしまった爪の後も―――全てが吹っ飛んでいった。



必死だった。
告白をされた事はあっても、した事の無かった悟空には
初めてする側に立たされて、その勇気に脱帽した。

今日までの間、どれだけ悩みに悩んだか。

しかも、相手はあの『玄奘 三蔵』
女顔のため、酔っ払いや勘違いした野郎どもに絡まれる事が多く
無論、その都度3倍返しにしているものの
その事を気にしている三蔵に、男の自分が告白するのは
他でも無い、三蔵を傷つける事になるかもしれない。

悟空にとっては、其れが一番怖かった。

けれど、悟空は三蔵が女顔だからとか
見た目が綺麗だからとかで、好きになった訳では無い。
そして、考えていくうちに気がつく。

なぜ、自分は三蔵が好きなのか?

一目惚れ??

いや、出逢った時は『綺麗だな』とは思ったし
何だか懐かしいような気もしたし嬉しかったけど
別に今のようにどきどきしたり、顔が赤くなったりはしなかった。
何より、キスをしたいなんて思ったりしなかった。

ここで。世間一般の恋人達が良く言う
性格が良いとか好みが合うとか、見た目が好みとか
そんな後付できる理由を考えてみる。
まず、三蔵は顔と声がとても良い。
黙ってさえいれば、後光がさしてもおかしくない美貌の持ち主だ。
深い紫色の瞳にキラキラ光る金糸に白い肌。
タレ目気味なのに、目付きが悪いってアンバランスさも良い。
それに、声。
読経の時やカラオケで歌う時など、その美声は悟浄も八戒も認めていた。
『死ね』とか『馬鹿猿』とか、キツイ言葉が飛び出すほうが圧倒的に多いし
カラオケではマイクを放さないという、性質の悪い所はあるけど。
―――性格は
性格は、本当に『イイ性格』をしている。
面倒臭いことが大嫌いで他人との関りを持つのも最低限
協調性の欠片も無く、何処までもマイ・ウェイで態度はデカイ。

折角の美貌も、あの性格を知られたら、あまり役には立たないだろう。


……いや、ちょっと待って。マイナス面に落ち着いて、どうするんだ俺。


俺って、本当に三蔵が好きなのかな??―――――もう一度、良く考えてみよう。






そして、その『もう一度』は、何回も繰り返された。
繰り返し繰り返し、時間があれば悟空は何度も考えた。
ぐるぐる考えた結果は、結局『考えるだけ無駄』だった。



考えるだけ、無駄だよな。
だって三蔵は結構、意地悪でイイ性格してて
機嫌が悪くなればすぐ当り散らしてくるし
いらない気は使うのに我儘で、だけど結構抜けてて
マヨラーな上に伸びたラーメン好きで、ちょっと、味覚もおかしいと思う。
すぐハリセンで殴ってくるし、すぐ拳銃ぶっ放すし
問題だらけの大人だけれど


――――――それが解ってて、それでも結局、自分はそんな三蔵が好きなんだ。


それが、悟空の辿り着いた答え。


答えが出れば、今まで気がつかなかった事にも気がつく。
その事には、気がつきたくなかったし、出来れば考えたくも無かった。
それなのに、自分自身の身体の成長を目の当たりにした為
嫌な考えが、頭を過るようになる。


そして、新たな問題が悟空の中に発生する。
それは普通なら、当たり前の事。
誰がどうしようと興味は無いのに、三蔵に対してだけは気になった。


三蔵って、どうやって処理してるんだろう。


その事に気がついた時から
今までの、好きという感情が恐ろしいものに変った。
きらきらして綺麗だった『好き』という気持ちが
恐ろしくドロドロとした物へと、変わって言った。
そして日に日に、そのドロドロとした感情が自分の中を満たしていく。
寺院での、稚児の存在だって知っていた。
悟浄や町で得た知識の中で、花街の事だって知っていた。
けれど、それらは悟空の中では知っているだけで
自分達には、何ら結びつかなかったのだ。


―――けれど、今は違う。


もの凄く、たまに
三蔵が夜、寺を抜け出して飲みに行く事があった。
今までは、お酒を飲みに行っているだけだと思っていた。
そこに、女性が居るかもしれない可能性を、悟空は考えた事が無かった。
この寺には、表立って稚児を置いてはいない。
けれで、公然の秘密として、悟空自身が三蔵の稚児だと囁かれていた。
坊主達の中で、こっそりとそう云った風習がある事も知っていた。
それだって、別に気にしたことも無かった。
仕事先の寺院に、稚児が居る可能性や
寺の外に稚児を作れると言う事を、悟空は三蔵と結びつけた事が無かった。


考えてみれば、三蔵がその気になりさえすれば、幾らでもその手の相手に不自由する事は無い。


悔しさに、吐きそうになった――――――悟空の考えが、幼さ過ぎたのだ。

悟空は、自分が三蔵に大事にされている事を知っていた。
そして、それが嬉しかったのに




もう、大事にされるだけなのが―――辛くなった。




嫌だ。いやだ。イヤダ。いーやーだっっ!!


絶対に、嫌だ。



自分より近い位置に誰かが存在するのが、嫌だ。
それがもし、悟浄だったり八戒だったりしても、絶対に嫌だ。


だから、壊す事を決意した。
二人を包む、三蔵が作り出してくれた柔らかな世界を。
既に、食べる直前のゆで卵の殻みたいに、あちこちがひび割れていたから
どうせ壊れゆくものなら、誰でもない悟空自身が壊したかった。
そして、殻を壊して飛び出した瞬間に与えられたものは







――――――玄奘三蔵、快心の一撃であった。







三蔵が立ち上がり、スタスタと歩き始めて蹲った悟空の横を通り過ぎる。
話を打ち切られてしまうのかと、恐怖のあまりに痛みも忘れて立ち上がり
追いかけようとした悟空が見たものは、灰皿が置かれたテーブルに着く三蔵。
いつもと違う事は、三蔵が出入り口に近い席に座って居る事だ。
椅子に座って、煙草に火を付けた三蔵の態度はいつもと変わらない。
慌ててテーブルに近寄れば、目線で椅子に座るように促される。
どうやら、話し合いは続けてもらえる様だ。







安堵の溜め息を漏らした悟空を、三蔵は複雑な思いで見ていた。








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