陛下と私と……








「では、気がついたら羽根ペンの先がミルクティーの中に漬けられていて
 慌てて持ち上げようとしてペン先を引っ掛けてティーカップを倒してこうなった、と」

何枚か、辛うじて無事だった書類を避難させ
洪水となった机上をふきながら問う補佐官に、女王陛下はこっくり頷く。

「……なんで、ペン先がミルクティーに浸かるのかしら」

 ―――補佐官は、その問いの答えを知っていた。

今朝から何度となく生あくびをし、目をこすり
目を離した隙に居眠りしかかっていたのだから、推測できない方がおかしい。

補佐官として、自分は常に心がけている事がある。それは『自己管理』である。
如何に聖地に病が無いとはいえ、執務が決して滞らぬように、普段から規則正しい生活は必須と言えよう。
ここ一週間、どうも夜更かしをしているようで日毎に目の下のクマが濃くなり。
心配ではあったが、興味ひかれ取り寄せた物が殊の他面白く、
執務が終わるのが楽しみなのだと聞かされた為、あまり小言を云うのもどうかと目を瞑ってきたが。

「陛下」

これだけの被害が出ては別である。
諫言已む無しと、口を開いたその時


「ペン先が紅茶に浸かるなんて有り得ない…これは……やはりそうよ、見間違いじゃなかったんだわ!!」


青ざめた顔で、両の掌で頬を押さえて



「ちっさいおっさんが出たのよ!!!!」



「間違いないわ!!
 ティーカップの向うに、はにかみ頬赤らめたちっさいおっさんが居たのよ!!!!
 机の上を走って逃げたのよーーーー!!!」






熱弁を奮っていた女王陛下が気が付いた時には
顔色を変えて馳せ参じたオスカーと衛兵
不審人物もしくは、また、妖精の悪戯かもしれないと指揮をとるジュリアス

恐る恐る『ロザリアは?』と聞けば

「我々が到着した後、念のためにと……」



念の為に、何?



念の為にと、医師団を編成させて戻ってきた補佐官。
その美貌は青褪め、息も上がっている。


警護と云うよりも、既に監禁に近い状態で身柄を隣室に移された女王陛下は

『ロザリアには、まだ、ビデオ見せてなかったもんなぁ……
 ちっさいおっさんの説明、どうしようってか、何か、ロザリアが涙目になってるし』




  わぁ、女王って、冗談もうっかり言えないんだ。




『うふふふ』と、遠い目をして笑うしかない女王陛下。
そんな女王陛下を見て、更に顔色を失う補佐官と首座の守護聖。


警護よりも、これは医師団の出番かも知れぬと。
普通の、何の教育も受けていない少女が女王になってしまった事の重圧を考えるべきだったとか
こんな事なら、何が何でも自分が女王となり友人を守るべきだったとか
心痛と後悔に苛まれ、苦悩の表情に歪む。





―――この後、女王の命令でビデオを取り寄せてくれた商人を呼び出し
ある惑星で流行っている、お勧めのお笑いビデオの説明と視聴させられた補佐官と首座の守護聖は
その内容を理解するのに苦しみ。
理解した後には真っ白になってしまった首座の守護聖と


「では、陛下の土の曜日のお休みが返上されるのも『ちっさいおっさん』の所為と云う事ですわね」


有無を言わせぬ微笑みで言い切る、補佐官が居た。



その後も、しばしば『ちっさいおっさん』が執務室に現れたが、流石に休みを返上させる程の被害は起らないようになった。




―――寧ろ



「……何か、お茶を飲んでる間に書類が増えた気が」
「まぁ、『ちっさいおっさん』の所為でしょうか?」



「隠しておいた本が無い〜〜〜」
「あら、『ちっさいおっさん』が読みたかったのでしょうね」



(抜け出し用の通路の隠し扉が開かない!!!!これも、ちっさいおっさんってか!!)





『ちっさいおっさん』が、補佐官の味方についたのは―――言う迄も無い事であった。


                                                     END