夢を見る。
それは、とても悲しくて辛い夢で
その夢の中で
『あぁ、やっぱり』
といつも思うのだ。
それは、楽しい日々の事
大切なあの人に会ったこと
辛い別れがあったこと
新しい出逢いがあったこと
仲間ができて海賊になったこと
美味しい食事と仲間と笑顔―――――
泣きたくなるほど、幸せな毎日
だけど、やっぱり、そんなのは夢だったんだ
だって、自分は青鼻のトナカイで
ほら、同じ仲間のトナカイ達ですら避けていく。
いつも、独りだから
―――――だから、夢を見たんだ
やさしい君のイジワルな答
最近、チョッパーの様子がオカシイ。
ぼんやりとしている事が多くなっただけでなく
笑っている最中や物を食べている最中に
一瞬、怯えた表情が過るのだ。
それは、例えば貰ったおやつを両手で持って食べている時
にこにこして食べていたのに、ふ、と動きが止まり手の中のお菓子をじっと見て
そして、こっそりそーっと後ろを見るのだ。
まるで、誰かに追われているかのように。
そんなおかしな行動が、ウソップやルフィーと話して笑っている最中や
ひなたぼっこをしていて、うつらうつらとし始めた瞬間――――
気をつけて見ていれば、その回数はどんどん増えていく。
何を怯えているのか聞きたいが
チョッパーが話してこない限りは、見守ってやるのが良いだろうと見守っていた。
――――内心はかなり心配で、きりきりとしているのだが。
チョッパーの異常に最初に気が付いたのはサンジだった。
渡したオヤツを美味しそうに食べていたのに、いきなり変わった態度に
気をつけて調理してはいるものの、何か異物が混ざってしまったのかと思ったのだ。
『どうした、何か味がおかしかったか?』
『!?うぅん!!違うよ!!』
いきなり声を掛けたからか、チョッパーは飛び上がり
『そうか?何かあったら遠慮なく言えよ??』
『本当に!おいしいよ!!』
『なら、良いんだけどな』
『本当なんだ―――美味しくて、本当に、おれ、食べてるんだよな…』
うつむいて、最後の方はもごもごと口の中に消えてしまって良くは聞こえなかったが
それでも、味には問題がないらしい事は解った。
けれど、その時のチョッパーの様子が気になって
出来る範囲で気をつけて見ていれば
食事の時だけでなく、様々な時に同じ事が起こっていたのだ。
誰と居ても、どんな楽しい状況でも――――チョッパーは何かに怯えていた。
ナミやロビンも間もなく気が付き、ゾロもウソップもルフィも気が付いた。
けれど、チョッパーが口を開くのを待っている事しかできなかった。
そんな歯痒くきりきりとした日々を過ごしていたが
日が経つにつれ、チョッパーは夜にまで魘される様にもなり
昼寝をする事が多くなっていたのだが。
鍛錬の終ったゾロの腹の辺りに凭れ掛り
うつらうつらと船をこぎ始めたと思ったら、やはり飛び起ききょろきょろと周りを見る。
そうすると、ゾロがの掌がチョッパーの頭をぽんぽんと軽くあやすようにたたく。
その感触を確かめて、そ〜っと後ろを振り返り
寝転がるゾロを確認すると、心底ほっとした表情になるのだ。
そろそろ限界が近づいていると、誰もが思っていたそんなある日。
見た目にはいつも通りの平和な一日
『今日は甲板でオヤツにしたいわ』
などと、ナミからリクエストで愛のコックは張り切って自慢の腕を奮いセッティングする。
それぞれが集まって適当に座る中、ゾロは少し離れた所で未だ鍛錬をしていた。
鍛錬に切がついたら来るのは解っていたので、そのまま放っておいたが
そんなゾロを見て
「ゾロは、良いなぁ……」
チョッパーが、心底羨ましそうに呟いた。
「あ?あのクソマリモのどこがだ」
「……うん」
みんなから好かれてて
必要とされてて
辛い過去もきちんと乗り越えてて
そして、何よりもいつも真っ直ぐで
独りで戦いに望んでいける強さを持っている。
「ゾロだけじゃ無くて、ここに居るみんなは、ゾロと一緒で」
それぞれに過去を乗り越え
それぞれの強さを持ち
それぞれの道を極めようとしている。
「ゾロは、皆から少し離れた所にいつもいるけど」
それは、仲間はずれとか嫌われているからとかでは無くて――――
「おで、が、群れから外れてたのとは、ぢが、う」
ほろほろと流れ始めた涙に、言葉が無い。
「なんで、おで、はっのり、こえ・〜〜〜」
―――なんで、おれは過去を乗り越えられないのだろう―――
それぞれに覚えがある想い。
過去の悪夢に追いかけられて
現実に掴んだ幸せを自らの手で壊してしまう危うさ。
壊して諦めた幸せの欠片を見て、安心してしまう自分。
今、チョッパーは自分の記憶と戦っているのだ。
「てめぇの辛くて乗り越えたい過去ってのは、こんな海賊家業に入った事か?」
ぎょっとして、声の元をたどれば、鍛錬を終えて首にタオルを掛けたゾロ。
「ちょっと!あんた、何言ってんのよっ!!」
ゾロに対してナミが制裁を加えようとしたが、ロビンとサンジが同時に止める。
「ぢ、が〜〜」
ずずぅっと鼻を啜り首を横に振るチョッパーに、ゾロは「そうか」頷く
「違うのか。じゃあ、Dr.ヒルルクとの出会いと別れか」
「ちがうっ!!」
「じゃあ、悪魔の実を喰ってばけもんになった事か」
「ぢがうっっ!!」
立ち上がって拳をにぎり、えぐえぐと涙を流すチョッパーが
ゾロを見上げて叫ぶ
「おでっ!ここに居てすっげぇしあわせで!!毎日楽しいのに夢を見るんだ!!」
青鼻のトナカイだった頃
仲間から相手にされず、いつも独りで
ひそひそと仲間が自分を噂しているのが辛くて
独りでいるのが辛くて
「もう、あれは昔のことなのに!!おで、ここにいるのが夢なのかも知れないって!!」
お前はやっぱり独りなのだと、トナカイの群れが後ろで嘲笑っている気がして
「おれ、何で青い鼻なんだろうっって!!」
鼻が赤ければ、独りにはならなかったのだろうか?
今、こんな辛い思いをしなくてもすんだのだろうか?
みんな、強いのに、何で、おれはこんなに弱いんだろう――――
こんなおれ、また、嫌われるかもしれない―――――
その叫び声は悲痛で、チョッパーが何故ここまで誰にも相談しなかったのかが痛すぎるほど感じられた。
「おれは、難しい事は考えられん。だから、目の前にある物を信じるし目の前にある敵を倒す」
ゾロは、チョッパーの前に座り目線を合わせて刀を置く。
そして、腕を組み何かを考え込んでいる。
動くに動けなくなってしまった周囲は、ただ、固唾を呑んで見守るしかなく。
『『『『――――まさか、寝てるんじゃ――――』』』』
あまりにも、ゾロの動きが無くて不安が過ったが漸くゾロの下がっていた頭が上がり。
「チョッパー、おれなりに考えたんだが」
「おれは、お前が青鼻で嫌われていて良かったと思う」
ゾロを見つめていたチョッパーの瞳がこれ以上は無いくらい見開かれ、新たな涙が溢れていく。
「お前、トナカイ仲間に嫌われてなかったら、今ココに居ないかもしれないだろう?」
トナカイに仲間はずれにされたから、悪魔の実を捜した。
青い鼻だったから他のトナカイに嫌われた。
じゃあ、チョッパーが普通の赤い鼻のトナカイだったら?
そしたら、ココにチョッパーは居たか?―――否、居ないであろう。
「寧ろ、お前が嫌われてくれてないと――――困る」
自分の考えに満足したのか、ゾロはうんうんと頷き断言した。
「お前は苦しいし、嫌な夢は見るし、辛いだろうが―――――
おれは、たかが鼻の色が青いからとお前を仲間はずれにしたトナカイ達に、感謝の念すら覚えるな」
言い切ったゾロに、チョッパーが訊く。
「おれが、トナカイ達に嫌われてたのがゾロは嬉しいのか?」
「あぁ」
「おれが、トナカイ達に嫌われて無いとゾロは困るのか?」
「あぁ、困る――――おれだけじゃなくて、ここに居るお前の仲間達が全員困るな」
そう言って、ゾロが顎で皆のほうを指し示す。
そこに居る仲間達は、皆が微笑ってチョッパーを見ている。
「そっか、おれ、嫌われて無いと困るのか」
――――あいつらには、嫌われていて良かったんだ。
エッエッエッエッエッ
久々にチョッパーの笑い声が甲板に響く。
「おい、泣くのか笑うのかどっちかにしとけ」
「ゾロ、嬉しくても楽しくても涙ってでるんだな」
「そうか、それなら仕方ないな」
「ゾロ、おれが嫌われてて嬉しいなんてひどいな」
「ひどいか?」
「エッエッエッ、ひどいぞ」
「そうか。でも仕方ない」
「仕方ないのか」
「そうだ」
チョッパーの顔は、涙と鼻水と笑顔でいっぱいになっていた。
「剣士さんは『人たらし』ね」
「確かにそうかも」
「アイツは、天性の『タラシ』ですからね」
新しいオヤツを補充しながらサンジが言えば、ロビンとナミの唇の端が上がる。
((経験者の言葉は、実感があるわね))
心の中だけでこっそりと返して、二人は微笑を浮かべたまま注がれたお茶を口に運んだ。
夜になり、チョッパーが男部屋へと戻れば
何故か床に敷かれている布団と置かれた枕が三つ。
「チョッパー、今日は床で寝るぞ」
サンジから、温めたミルクを並々とカップに注いだものを渡される。
けれど、その匂いはとても甘く。
「サンジ、これ、甘い匂いがするぞ!!」
「お、気が付いたか?これは、お呪いなんだよ」
「おまじない??」
「おぉ、昔な、おれが子供の頃に眠れないと、じじぃが良く作って持ってきたんだ」
あの強面な顔で『眠れる様におまじないが掛かってる』なんて言われた時は
「最初はじじぃの気が狂ったかと思っちまったが」
うっかり、口に出して吹っ飛ばされて違う意味で眠りに付きそうになったが
「でも、確かに効くんだよ。コレは」
ふんわりと甘い香りと暖かなミルク。
そして、床に敷かれた布団と枕。
「今日は、狭っ苦しいけどお前が真ん中だからな」
きょとんとしてサンジを見上げれば親指を立てられて
「おれは、今晩見張りの予定だったから
最初はゾロとウソップでお前を挟んで川の字なって寝てもらおうと思ったんだ。
夢の中で嫌な奴らが出てきたときに、あの二人が横に居たら自慢できるだろ」
だが、ウソップが
『や、確かに、だ。未来の大剣豪と未来の狙撃王の二人が両サイドにいればチョッパーも
安心だし敵もビビるだろう。しかし、だ。動物が一番怖いのは料理人だと思うんだよな、おれは。
ここには世界で一番の料理人が居るわけだし、しかも闘いにも強いとなれば怖いもの無しじゃねぇか。
何より、だ、おれはチョッパーの夢の中に入り込めるか解らないけど
お前らだったら気合で何とかしそうっていうかやるだろうし。
ここは、未来の大剣豪と世界一の戦う料理人が固めるのが一番じゃないか。
勿論、協力はする。当たり前だろ仲間なんだから!
おれは喜んでお前の変わりに見張りを引き受けるから安心してチョッパーについてやってくれ』
と、言うだけ言って走り去っていった。
「言われてみりゃ、確かにおれの方が向いてそうだしな。
クソマリモとおれ様が付いててやるから、夢に殴りこみにいくぞ」
ぽんぽんとまくらを叩いて笑うサンジ。
やって来たゾロは、布団をみて一つ溜め息を吐いたが何も言わず。
「二人が一緒なら、みんな怖がって夢でも出て来れないかも」
「それなら尚更良いじゃねぇか」
「おい、少し詰めろ」
「てめぇの身体がでかいんだろうがクソマリモ」
詰めた布団で川の字になって
まだ、目は泣き腫れていたけれど
きっと、明日の朝には腫れも引いているだろう。
ゾロとサンジの匂いと寝息とぬくもりにほっとする。
お呪いも効いてきたのか驚くほどすんなりと眠りに落ちていった。
トナカイ達の群れが見える。
いつもと違うのは、群れは決して自分の近くに来ない。
そして――――横に、自分の仲間達が居る。
ひょいっと持ち上げられて肩車されて
トナカイ達とは反対方向を指差されてみれば、海とメリー号が見える。
そこから手を振っているのは、他の仲間達だ。
もう一度振り返れば、遥か遠くにトナカイの群れらしきものが去っていくのが見えた。
心の中でこっそりと『さようなら』と呟けば消えていく群れ。
自分を肩車したままゆっくり歩き始めるゾロと道を指し示すサンジ。
その先には、ルフィが、ナミが、ロビンが、ウソップが待っているのだ。
仲間が待っていてくれる場所こそが、自分の生きる世界。
それは、朝目が覚めたら始まる、夢を見るよりも楽しい毎日。
END