「毛艶を気にしてくれて
 良く撫でてくれて
 美味しいものをくれる

 サンジはとてもいい奴だ」







褒め言葉







他愛も無い話は楽しい。
ウソップの話はとても面白く
チョッパーはとても良い聞き役で
いつも笑いが絶えない。
最初に会ったとき、仲間の中で「誰が一番怖かったか」
偶々、そんな話になった。

「まぁ、おれ様にとっちゃ、結局怖い奴なんていないがな!」
嘯くウソップに
「すっげーな!!」
と賞賛を贈るチョッパー
「お前はどうなんだ?」
そう聞かれたチョッパーは、短い腕を組んで――実際組みきれてはいないが
一生懸命考える


「思い出した!オレ、最初、ゾロが怖かった」


理由は一つ
『肉食獣の気配』だった


「でも、ゾロは『王様』だから、こわくなくなったんだ!!」


笑顔で云うチョッパーの話を聞くと
本能的な部分で、ゾロの獲物を狙う感覚に恐怖を覚えたらしい。

だが

「必要ない時は、近くに餌になる動物がいても襲わない
 必要以上の物は狩らない強い奴なんだ!だから、ゾロは王様なんだ」

ウソップは、所謂『百獣の王』という事かと納得する。
なるほど、確かにそうだろう。
女子供や弱者に対しては優しいが、基本的に強い者には性別関係なく相対する。
弱者は許すが卑怯者は許さない。
上手いこと言うなぁ、と関心する。
そして、ウソップは―――ふと、思い出す。
チョッパーが仲間になってしばらく経った頃にあった、ゾロとサンジの会話を―――









強かに酔っていた。
宴会というのはそういう物で
サンジは腕を奮い料理はどれもこれも何処で食べた物よりも美味しかった。
何かの山を越すと行われる宴会は
張り詰めた緊張を緩めるのに、大事な役割を持っている。
ただ、馬鹿騒ぎをしているだけじゃない。
しかもどんな凶暴で見た目最悪な肉食の海獣も
専属の一流料理人の手に掛かれば
元がどんなに見目悪い獲物だったかを思い出す事も無い位に、美味だ。


ルフィは相変わらず肉を大量摂取し
『たまには野菜も喰らいやがれ』と、蹴りを入れられている。
最初は目を丸くしていたチョッパーも、ルフィに引きずられるように
食べたり飲んだり笑ったりはしゃいだり喜んだりと大忙しで。

そんな中、ふと見るとサンジがチョッパーに野菜中心で給仕を回している事に気がつく。
「トナカイってあれか、草食動物なのか」
そう、ぽつりと呟くと、酒中心でもくもくと飲みながら
これまた摘みやすい物を、さり気無く給仕されていたゾロが怪訝そうな顔をする
その時は、何故、ゾロがそんな顔をするのか解らなかった。
ただ、ゾロは何か考えながら、じっとチョッパーとサンジを見ていた。


漸く落ち着いて


既に、ルフィやチョッパーは夢の中でナミは美容の為と部屋に戻り
サンジも漸く落ち着いて酒を口にする。
大の字なって寝ているルフィ
これまた転がっているチョッパー
既にしっかり意識があるのは
ゾロ・サンジ・自分だけである―――実は、ちょっと自分は怪しかったが。
ゾロもサンジも、いつも最悪の事態を考え
宴会といえども周囲へのアンテナは張り巡らせている。
いつ如何なる時に襲われるか解らない海賊業。
この二人は当たり前の様に船を守っている。


『全く、すげぇ奴らだ』


こう、山を越して宴会も終って
今から更に大きな山もある。
その前に、戦士が酌み交わすってのは良いもんだ。

そんな感慨に耽っていると
ころころと寝返りを打って、まるまるとしたチョッパーが転がってくる。
サンジの近くで止まったチョッパーの寝顔は胸キュンものだ。
医者としての腕もあり、見た目でも癒されるなんて、このメンバーの中では貴重だ。
いや、見た目で癒されるなら女性でも良いかもしれないが
ほのぼのとした癒しとは程遠い為、やはりこう云うマスコット的キャラクターは必要だなと
そんな事を自分は、軽く口にした。


「確かにそうかもなぁ」


サンジは、思った以上に出来が良く仕上がった料理に満足していたため機嫌も良く
そっと、優しげに愛しげチョッパーを撫でる。

「合流した時より、血色も毛艶も良くなった。肉も付いて来た」

うんうんと頷きながら、何度もチョッパーの腹の辺りを撫で
子供をあやすようにお腹をぽんぽんと軽く叩いて、手を離す。
あまりに愛しげに見つめていたので
サンジは、動物好きなんだなぁ…と。
そう言えば、ちょこちょこおやつも与えていた。
見た目の柄の悪さ考えたら、勘違いされそうだが
あれだ、柄の悪い奴が猫とか犬とかみると
つい、赤ちゃん言葉で喋りかけて周囲からドン引きされる
あんなタイプかもな―――なんて考えて
軽い、気持ちで聞いたんだ。

「そう言えば、サンジ、チョッパーに野菜をたくさん出してたな
 トナカイって草食動物なのか?」
「いや、雑食だ。小動物を食べる事もあるらしいんだがな。
 草食の方が良いから野菜中心にしてんだ」

……あ、ちょっと、見かけからしたら考えたくねぇ、てか、詳しいなサンジ
やっぱ、食を扱う者としては、仲間の生態系は調べるのか??



「肉食動物より、草食動物の方が味が良いんだ
 すげぇよな
 医者の腕があって
 見た目が可愛い上に
 肉食動物より、肉が美味いんだぞ」



杯を重ねていたゾロの手も、おれ様の口も開いたまま止まった



「小さな島国での食牛の飼育にな、肉の味を良くするために
 酒を飲ませてマッサージする方法もあるんだ」

テメェらも、暇があったら撫でてやれ。

サンジはそう言うと、又、チョッパーの腹の辺りを愛しげに撫でている。






ドン引きした―――っつうか、一気に酔いが冷めた。
え、これって、チョッパー持って逃げた方が良いのか?
赤ちゃん言葉どころじゃねぇ!!
サンジ、チョッパーは


「おい、そいつは非常食じゃねぇぞ」


そうだ!!ゾロ!!!
お前が気を引いてる間に、おれがチョッパーを守る!!!
後は任せたぞ!!

「はぁ?当たりめぇだクソ剣士!てめぇ、酔っぱらってんのか??」



サンジさんーーーーっっっ!!!
言ってる事、矛盾してますがーーーっっ!!!!!


「じゃ、何で肉の質なんか気にしてんだ、テメェは」



「…………健康の為?」



この間は何?!ねぇ??何ですか??
しかも、疑問系?さり気に疑問系????


「ん?」


首を傾げて考え込むサンジ。
ゾロは溜め息を吐いている。
一応、じりじりとチョッパーを引き寄せ
サンジから距離をおかせる様にする。


「あ〜〜……最初、ルフィが非常食を持ってきたと思って」

非常食?!
しかも『連れてきた』じゃなくて『持って来た』?!


「たぬきじゃなくてトナカイだって聞いて調べて」


何調べたか聞きたくねーーーーーっっっ!!!!!


「いや」


しばらく考え込んでいたが、ポンと手を叩き
納得したような、晴れ晴れとした表情のサンジは


「あれだ、動物にとって『美味い』って褒め言葉だろ〜が」


ズレテルーーーーーッッ!!!!!
ずれてますっっ!!!
間違ってますっっ!!!!




「―――アホコック」




この時だけは、ゾロのこの一言に頷くしかなかった。



その後、二人の間でいつもの喧嘩が始まり―――――おれは、チョッパーを抱えてダッシュで逃げた。


あれから、どう云う説得をしたのか納得をしたのか解らないが
取敢えず、チョッパーは無事、ここに居る。


あの後、暫くの間はゾロがチョッパーをさり気無く守っていたが。
おれも、ちょっと、少々いや、かなり実は不安で
ゾロがチョッパーの近くに居ない時は、なるべくおれが傍にいたんだよな。
で、ちょっと、不思議に思って


「なぁ、ゾロ」
「あ?」
「サンジがチョッパーを『肉』として見てたのに、いつから気がついてた?」


そう、聞いたら


「職業柄、仕方ないとは思うんだがな
 コックがチョッパーを撫でてる時の表情や手付きが」



―――良い材料を見つけて、確認してる時と同じだったからな―――



この時の事は、チョッパーには勿論―――他の仲間達にも、絶対に秘密だ。











思わず意識を飛ばしてしまい
チョッパーの呼び掛けに我に返る。


「あぁ、ワリィ!何か、お前が仲間になった時の事、思い出してな!!」
「仲間になった時か!!……なんか、たくさん時間が経った気がするなっ!!」


嬉しそうなチョッパーに「本当になぁ」と返しながら空を仰ぐ。

「なぁ、お腹空いたから、サンジにおやつが何か聞きに行こう!!」
「あ〜何だろうなぁ」
「サンジの作るおやつは何でも美味いもんな!!楽しみだな!」


早く早くと急かされ、よし、行くぞと甲板を走り出す。





『美味い』ってのは確かに褒め言葉には違いない。
料理人にとっては、間違いなく最高の褒め言葉だ。





サンジには悪気は全く無かった。
チョッパーはサンジの事を好きで
サンジもチョッパーを間違いなく好きだ。



―――それでも、この時から自分にとってサンジは

仲間の中で、違う意味で『最も怖い人』に格上げされたのであった。








                                                   END