二人きりの時
「蝶野」
ブチ撒け女も居る時
「蝶野」
錬金戦団のメンバーが居る時
「蝶野」
ここまでは、良い。
が、ココからは線引きをして貰おうか。
その名を知る者
「や、自分なりに気をつけてはいたんだけど、つい……」
へへっ、と頭を掻きながらバツの悪そうな表情でこちらを見る武藤 カズキ。
「気をつけているだけ、では意味が無かろうが」
溜め息を吐きつつ呆れて返せば「申し訳ない」と頭を下げてくる。
まぁ、仕方が無いとは思う。
しかし、余計な詮索をされたくないので気を付けさせねばならない。
事の起こりは、たまたま、空を飛んでいた時に武藤 カズキとブチ撒け女を含む学生達の一団を見かけた時。
こいつの能天気な妹―――まひろ―――が、此方に気がついて両手を振って
「あ、パピヨンさんだ!!パピヨンさ〜〜〜〜んっっ!!」
と、名前をばれた。
これは、自分が飛んでいたり歩いていたりすれば良くあることで。
パピヨンとなってからは、面識が無い者達ですら当たり前に自分に声を掛けてくる。
寧ろ、既に知り合いと言っても差し支えない面々であれば、自分に気がつけば声を掛けるのは当たり前だろう。
人気者と云うのは、そう云うものだ。
気分も良いし、時間もあるし、ひらひらと美しい舞いで気が付いた事を知らせてやり
どうせ、いつもの店にでも行くのであれば付き合ってやっても良いかと思う。
まひろの横に居る友人の小娘達もにこにこと手を振り、ブチ撒け女は苦虫を潰したような顔になり
鉄仮面女は上目遣いで鞄を抱えながら見上げ、ブチ撒け女に夢見る失恋男と
武藤 カズキの学友の3馬鹿は口をあけてこちらを見ていた。
ここ迄は、何の問題も無かった――――の、だが
「お〜〜い!!蝶野〜〜〜」
そりゃぁ、遠くから見ても良く解る『満面の笑み』で元気一杯に『蝶野』に向って手を振る武藤 カズキ。
『チョウノ』
と云う聞きなれない言葉に、周囲の視線が武藤 カズキに集まり――――
速攻で怒突き倒しに降り立ったのだが、既に後頭部と目にはそれぞれ人には見えぬ速さで一撃を喰らい
そのまま倒れこんだ所が運悪く、オレが降り立つポイントだった為
あまり役には立っていない頭を踏みつけられて地面に沈む。
別に避けれない事も無かったのだけれど、踏みつけたい気分だったので
とりあえず、愛を込めて踏みつけておいた。
「うわぁ〜〜お兄ちゃん、大丈夫?!」
「今、武藤先輩、何て言ったの??」
「え〜〜っと」
「カズキ君、大丈夫??」
一部の人間は、目の前の地面にのめり込んだ武藤 カズキの方へ意識が行っているがそれで終る訳では無く。
「ねぇ、お兄ちゃん。今、パピヨンさんの事を何て呼んだの?」
兄を助け起した実の妹が、笑顔で止めを刺した。
がっくりと倒れこんでいた武藤 カズキの表情は引き攣り
泳ぐ目線は錬金の戦士達に助けを乞うが、誰もフォローに回ることが出来ず。
恐る恐ると言った感じでこちら見上げる顔には、
『助けて!!』
と、非常に解りやすく書かれていた。
まぁ、色々と貸しを作るのは気分が良いし、いつまでも皆の視線がこの男に集まるのもあまり気分が良くないので
美しい羽と両手を広げてポーズを決めて
「あぁ、コイツは今『蝶々』と呼んだみたいだね」
こちらに皆の視線を集める。
「パピヨン=フランス語で『蝶』だから間違っちゃいないけど―――それは、流行らないと思うぞ」
『やれやれ』と、呆れた風を装いされりと流せば
「もぉ〜〜、お兄ちゃんてば、つまらないギャグ入れないでよぉ!!」
まひろが、助け起していた兄を叩き落す。
「武藤先輩、確かに、ちょっと、笑いのセンスないですよね……」
「こら、ちーちゃん!」
こそこそくすくすと少女二人が笑いあい、場が和む。
「あ、そうだ!パピヨンさん!!お暇だったら、今からロッテリやに行くんですけどご一緒しません??」
「あぁ、そうだね。丁度お腹も空いてきたし、時間もあるから付き合おう」
「やったっ!!ありがとうございますvv」
「あ、今、蝶人キャンペーンでパピヨンさんのフィギュア狙ってるんです!」
「それは、良い趣味だ」
学生達の輪に自分も混じり、いつものお店に向って歩いていく事になった。
―――そして倒れたまま残されたカズキは
『チョウノ』と『チョウチョ』
上手いっっ!!!
と、心の中で絶賛していたが
起き上がろうにも、色々と、殺気立っている斗貴子さんの気配に気圧されて顔を上げる事も出来ない状態となっていた。
結局、皆より10分程度遅れて店に着いたストロベリーな二人だったが
ヨレヨレになったカズキに残った傷痕の多さを目にすると
誰も空白の10分について言及する事も、冷やかす事すらも無かった。
そして今、寮の一室にて説教タイムである。
「あんな誤魔化し方は今後は通用せんし、生憎『蝶野』の名はこの市内では名家として通っていた。
蝶野 攻爵の存在は忘れ去られていても、事業家であった父の刺爵や弟の次郎を覚えている者は少なく無い。
一家行方不明の怪事件となっているのだから、情報として扱われたらどうするつもりだ」
「ごめん!!本当に申し訳ない!!」
米搗き飛蝗よろしくぺこぺこと頭を下げる、傷だらけの武藤 カズキ。
その両横には、その傷を付けた仁王立ちするブチ撒け女と同情めいた表情の失恋男に固められている。
「今後、もし、事情を知らない人間の前であの名前を出したら――――」
「出したら、殴ってもいいし!!これから、本当に気をつけるし!!」
殴る、か。それは面白くないな。
「……良し、その口が滑らないように俺の唇で塞ぐ!!」
「ふっざっっけっっっるっっっっなっっっっっ!!!!!」
間髪入れずに繰り出される拳
怒り心頭・猪突猛進なブチ撒け女
哂いながら避ければ、慌てて止めに入る武藤 カズキ。
「貴様がっ!!皆が居る時に現れなければ良い話だろうがっっ!!!!」
武藤と失恋男に抑えられながら、叫ぶブチ撒け女に
「じゃ、皆が居ないところへ武藤を連れて行っても良い、と」
更に煽れば、吹き飛ばされる武藤 カズキと失恋男。
「言っておくが、六舛だったか?アレ位には、ばれている可能性もあるんだ。
ばらしているのは俺じゃないしね。
『そちらの』責任不行き届きと云う事で、俺が責任もって仕込んでも良いと言っているだけの事だ」
攻撃を避けながらブチ撒け女に言ってやれば
「カズキ!!今から特訓だ!!!!」
武藤 カズキに攻撃の方向が変わった。
「と、特訓?!」
その気迫に気圧されてじりじりと尻で後ずさる武藤 カズキ。
「カズキ、君は『特訓を受ける方の達人』だったな……」
ふふふふふと、不気味な笑いで武藤ににじり寄るブチ撒け女の後姿に
素早く巻き込まれぬよう俺の横に非難した失恋男は、合掌している。
「特訓は良いが、武藤!
二人きりの時と、事情が解っている奴の前では今まで通りに『蝶野』と呼べよ」
ズタボロになって壁にすがりつき、真っ青な顔でブチ撒け女を見上げてる武藤に言えば
「解った!!」
すぐに返される良い返事。
振り向いて睨み付けるブチ撒け女を見て、悪い癖とは思いながらも
ついつい、一言付け加える。
「因みに、武藤が口を滑らせる時に近くに居るのは俺よりもブチ撒け女、貴様なんだから
お前が武藤の唇を塞ぐと云う方法もある」
かっと、朱が散らされる頬。それを見て失恋男は沈む。
誰も『貴様の唇で』とは言っていないのだが、話の流れでそう思い込んだようだ。
あのメンバーの中で、出来るものならやってほしいものだが。
勘違いをそのままに、更ににやりと嗤って
「まぁ、その時は、嫌がらせで俺が間接キスを頂かせて貰うが」
武藤 カズキの間接キスを頂く=パピヨンが斗貴子にキスをする
その構図が脳裏に浮かんだ時
言葉を発する事無く、間違いなく今迄で一番の殺気を纏ったブチ撒け女と失恋男の攻撃が始まる。
良い攻撃だが、そろそろ、あまりの五月蝿さに生徒や管理人がやってくる。
「じゃ、そう言う事で特訓を頑張れよ?」
攻撃を後ろに避けたついでに、窓枠を掴み華麗に宙に躍り出る。
空高く舞う俺の後ろから
「いつか!必ずブチ撒けてやる!!!!」
遠吠えが聞こえ、成功した嫌がらせに気分が良くなる。
あぁ、以前は『蝶野 攻爵』の存在を全ての者に知らしめたかったが
今、その名を知るのはお前だけで充分なのだと、こっそり月に向って呟いてみる。
けれど、現実は残酷で
『蝶野 攻爵』の名は、既に錬金戦団の中に資料を作られ公然の秘密として扱われ
発病する前よりも、重く、意味のある名となっていた。
だから、貴様くらいは甘く呼べ。
傲慢な考えに苦笑しつつ、近々ぜひ、二人っきりで楽しませて貰おうと心に誓った。
パピヨンが去り。
流石に夜も更けているので、男子寮に居ては不味いと
ブラボーに追い立てられて斗貴子が女子寮に戻った後。
「武藤」
「ん?」
途中から、ずっと黙っていた剛太が恐ろしいまでの殺気と共にいきなりカズキの胸倉を掴み
「万が一にも、お前が口を滑らせそうになったらな――――俺の唇でお前の口を塞いでやる!!!!」
例え、もし、口を塞ぐ必要があったとしても
別に唇では無く、手で、口を塞げば良いだけなのだが、それに気が付けず、本人は決死の覚悟で爆弾を落とした。
哀しいかな、ストロベリーな年代故に『唇で塞ぐ』と言う言葉に支配され追い詰められていた。
「先輩があんな変態に唇を奪われるくらいなら!!!俺がっっ!!!!」
そんな剛太の、ある意味命を掛けた男の純情と決死の覚悟と涙ながらの脅しだったのだが
『嫌がらせで間接キスを頂く』と云う意味が
『パピヨンが斗貴子にキスする事によって、武藤カズキと間接キスする事になる』
では無く
『パピヨンが武藤カズキにキスする事によって、斗貴子と間接キスする事になる』
と云う意味だった為、実際は全くの無駄な覚悟であった。
END