クリスマスまで一ヶ月を切ったとある日
ロッテリやで始まった『クリスマス☆フェアー』
蝶人キャンペーン クリスマス特別仕様のフィギュア
蝶人 パピヨン ver.クリスマス

いつもとは色が違う、真っ赤な衣装に身を包み
オプションでサンタの帽子を被りプレゼントの袋を持ったパピヨン
フィギュアには紐を通せる穴があり、クリスマスツリーに飾れるようになっている。

勿論、
ライバル・偽善くん ver.クリスマス
怪人・ブチ撒け女 ver.クリスマス
この2種も同様で、偽善くんはサンタの格好で付け髭。そしていつも持っている武器がクリスマスツリーに
ブチ撒け女はいつも足についている武器が小さくされ――――頭から生えてトナカイの格好にされていた。





これについてはフィギュア見た瞬間に――――『ナマハゲ』と呟いたパピヨンと
折悪しく、新バージョンが出たと聞いて仲間と斗貴子を連れて店に来ていたカズキ。





無言で繰り出される斗貴子の攻撃を交わしながら嗤うパピヨンの、既に、店の名物に成りつつある喧嘩が始まった。








共に飾る指の先









「「あの二人、けっこう、仲良いよねぇ」」
二人の殴り合いを見ながらニコニコと声を揃えて言うまひろとカズキ。
「良く、じゃれあうよね」
「アレみたいだ、ほら、アニメのトムとジェ○ー」
「お前らはアレを『じゃれあい』と言うのか」
びしりと突っ込みが入るが、まひろもカズキも気にする事無く。
慣れた物でテーブルをずらして席をくっつけ
荷物を置いて席を取ったら買出し部隊は人数分のセットを買出しに行く。


「斗貴子さ~ん、食べようよ~~」
「パピヨン、お前も一緒に喰うだろ?」


ほのぼのと呼びかける兄妹の声に、斗貴子はがっくりと肩を落とし
パピヨンはひらりと用意された席に降り立つ。




「誰か、一人ぐらい否定してやれ」




ぽつりと呟かれたパピヨンの台詞に、微妙にみんなの表情が固まる。


『否定しても、嘘ってバレバレになるのをどうしろと――――』


顔を引き攣らせていたが、斗貴子が苦虫を潰したかの様な表情で席に着いた事で
皆、何事も無かったかのようにいつもの会話が始まり、どのフィギュアを貰ったかに集中した。
今回、特別企画と言う事で公表されているのは3キャラクターとも一種類の姿だけ。
シークレット企画としてもう一種類別ver.があり、見えない袋に入れられているのを自分が引き当てる
『全種集めるなら、頑張って通え』
と言う、血も涙も無い企画であった。

もしくは、友人達総動員で買えば、全種を見る事は可能だろうが――――


「シークレットのブチ撒けちゃん、どんなのだろう」
「お前、どれが出た?」
「あ、私、偽善くんサンタverだ」
「サンタパピヨンが出た!!」

今回は4バカ+三人娘+斗貴子+毒島+剛太の10名で来ている為
シークレットを含めて6種ならば全て揃ってもおかしくない。


――――と

黙って袋を開けていた剛太が、真っ赤な顔して口元を押さえる。
出てきたのは『ブチ撒け女 ver.シークレット』
それは、真っ白な天使の衣装を着たブチ撒けちゃん。
オプションに頭の上には金の輪、そして背中には天使の翼付きである。

「うわぁ!可愛い!!」
「見せてください!」
「俺にもっ!!」

皆が奪い合うようにブチ撒けちゃんを回し合っていると

「あ、私、偽善くん ver.シークレット出ました!!」

ちーちんが声を上げ皆が見れば、其処にあるのは矢張り真っ白な天使の衣装を着けた偽善くん。
同じ様にオプションで金の輪と天使の翼付きである。

「あ、オレはパピヨン ver.シークレットだ」

カズキの手の中にあるのは――――




「……天使だと、思ってたのに」
「こう、来たか」
「袋、持ってないのって……」




真っ赤なパピヨンマスクと真っ赤なパピヨンパンツのみの超人パピヨン
オプションは清々しく、サンタの帽子のみ―――
なんとなく、パピヨンパンツが通常より膨らんでいる気がするのは気のせいにしておきたい所である。
そう、気のせいにしておきたい所ではあるのだが、右手の角度が微妙に腹の位置にあるため





パピヨンサンタの『何処に』プレゼントが隠されているのか―――見る側の妄想が掻き立てられるモノとなっていた。





「フン……驚いたか」

満足げに笑うパピヨンに対して否やと言えるものは居らず。

「うん、確かに驚いた」

うんうんと頷きながら肯定しているカズキに、賛同はするものの
多分、いろんな意味で『驚いた』の意味が二人とは違っている事だけは皆一様に理解していた。




「あ、でも、良かったね!!全種類揃ったし、これで、寮のツリーも賑やかになるよね!!」
「おぉ!あれ、でけぇだけで飾りが意外としょぼいしな」
「10個全部飾れば良いし、シークレットは目立つ所にしよう」
「え、コレ、飾るんですか?!」


「「そう!!今年のテーマはパピヨン☆ツリー!!!」」


「ほう、では、俺の分も持っていけ」
パピヨンの手の中にあった偽善くんがカズキに投げられる。
「えっ!良いんですか?!」
「あぁ、俺の手元には既に全種あるからな」
「わぁ!良いなぁ!!」
「――――じゃあ、お前も飾りに来いよ」
カズキが、渡された偽善くんをパピヨンに返す。



「今夜さ、ツリーを用具入れから出してもらって明日飾り付けするんだ――――お前も来いよ」



「お兄ちゃん、それ、良い!パピヨン☆ツリーをパピヨンさんと飾るなんてナイス!!」
「寮のツリー2mくらいあるし、毎年けっこう時間掛けて考えて飾るんだよね」
「今年は、オーナメントをコレにするって決めたから後は電飾とか昔からある飾りであいそうなの使って」
「折角だから、寮の扉とかにもリースを飾ったり寮を電飾したりしたいけどね」
「リースはともかく、電気代が困るから電飾は不可なんだよね」
「あ、明日何時からにする?」
「お休みの朝はゆっくりしたいよねぇ」
「う~ん、10時くらいから始めてお昼食べておやつ食べて夕方迄には終らせて」
「日が暮れるまでに飾り付けを終らせて、暗くなったら電気を消してツリーの電飾を光らせる」
「まて、カズキ。なんでそんなに時間が掛かるんだ??」
斗貴子がやや不思議そうな表情で訊ねるが
「何でかな?でも、毎年3年生が飾ってるけどそんなモンだよね」
「そうだよね……皆でお話ししながらあれこれ飾って」
「一昨年の先輩達は飾るものが増えすぎて、最後には何故かツリーの横に門松があったな」
「なんか、昔の寮のアルバム見せてもらったらハロウィンのかぼちゃが飾られてたのあったよね」
「そうそう、毎年、ツリーがどんな飾りつけされてるか写真が残ってるんだけど」
「あれも、凄かったよな」
「あぁ、飾りが全て短冊で」
「クリスマスまでに彼女が欲しい、とか」
「期末赤点とりませんように、とか」
「家内安全、とかツリーが七夕バージョンだったんだよね」
「今年も、負けないような凄いのになるよね」
「なるさ、だって『パピヨン☆ツリー』なんだから!!」

自分の目の前で繰り広げられる『寮のクリスマスの歴史』
この中で、間違いなく誰よりも長く寮に居たはずの蝶野 攻爵
けれど、そんな話を聞いたことが無かった。
『2mあるツリー』
そんな物が寮にあり、この時期に飾られてる事すら気が付かなかった。


パピヨンは、知らず溜め息を吐いた。
そして、それをずっと見ていた武藤 カズキに腕を引っ張られる。



「なぁ、今年のツリーの飾り付け―――今までに負けない、寮の歴史に残るモノにしたいんだ」



高校三年生、最後の12月。
通常であれば、受験も迫るこの季節にそんな余裕は無い筈だが
私立銀成学園にはエスカレーター式の大学がある為、三年間の総合成績が悪くなければ殆どの者が付属の大学へと進む。
それでも、度重なる校内試験や重圧もあり、しかも、高校卒業と同時に今居る寮からも卒業となるため
偶の息抜きと思い出作りに、敢て『寮のクリスマスツリー』は、三年生に該当する寮生が担当する事となっていた。
伝統の様になってしまったソレは、いつしか、当たり前の様に競争となり
『歴代のクリスマスに負けない物を!!』と、年々飾りつけが激化していったのは仕方の無い事であった。


「フン、まぁ良いだろう――――俺をテーマとするならば其れ相応な物にする必要があるだろうしな」

『手伝ってやる』

パピヨンの答えを聞いて、カズキが嬉しそうに笑い
『仕方ないな』と斗貴子は溜め息を吐いた。












2mあるツリーは、かなりの年代物で
出されて、埃を払って、組み立てて固定迄は寮の管理人が何人かの教員と共同作業で行う。
夜中の内に組み立てられたツリーに、翌日生徒達が飾り付けをするのだが

「なんで、てめぇがここに居る」
「俺は呼ばれたから来ただけだ」

待ち合わせの10時よりも少し早い時間に武藤 カズキの部屋の窓から寮に入り
ついでに、使うかもしれない荷物を部屋に置いてから廊下に出れば
憮然とした表情の火渡とぶつかる。

「教師は、ツリーを組み立てるだけじゃないのか?」
「俺がどこに居ようとてめぇに関係ねぇだろうが」

ブラボーが飾りの詰まった箱を幾つか持ってやってくるのを見て
火渡は『けっ』と吐き捨てると踵を返す。
どうやら、飾りを運んだりの雑用や飾っている最中の事故防止
それに羽目を外し過ぎないように監視の意味もあって居るのであろう。


「それにしても、レトロな飾りだな」
「古いからな、味があるだろ」

昔懐かしい電飾や既にあまり白いとはいえない綿の雲。
パピヨンが思っていた通り、あまり飾りの質は宜しくない。
不意に、ツリーに背を向けて歩いていってしまうパピヨン。
どうしたのかと思っていると、箱の詰まった袋を両手で幾つか運んできた。

「これを使え」

開けてみればまだ新しい飾りの数々。
ツリーに結ぶリボン、LEDストレートライト、色が統一されたオーナメント

「フィギュアをアレで統一するなら、後は、定番のボールとリボン位にして
 光が反射するものの後ろにライトが光るようにすれば良いだろう」

ボールは、通常の赤色の物も光沢があり上から細かな金色の蔦や花をあしらった金色の細工が施されている。
透明なグラスボールは良く見れば中に星や十字架が入っており
エンゼルベルや立体的な星のオーナメントも、どう見ても高価な物に間違いは無かった。
そして、小さな飾りで幾つも大量に入っているティアドロップ型やコメット、サンタの帽子や長靴に小鳥
ハート、十字架や天使の羽のオーナメントと、細かな大きさが違うビーズを何連も組み合わせた物は、スワロでの特注品。
そして、それらの数々の特注品の中でも特に数ある物が『蝶』
良く見てみればグラスボールの中には勿論、大小様々な蝶のオーナメントがあり
スワロに到っては、様々な色の蝶が箱の中一杯に詰まっていた。
詳しく無い者が見ても、気軽に貰って良い物で無い事位は解った。


「これって、買ったのか?!」


慌てて声を上げたカズキは、かなり焦っていた。
パピヨンに手伝って欲しいとは言ったが、こう云った物が目的では無かったのだ。
もし、気を使って買って来たのであれば、それは間違っているのだと伝える必要があった。
しかし、パピヨンはそんなカズキの想いを一笑に付し

「買う訳無かろうが。これは、もう、使われる予定が無いんだ」

その一言で、何処にあった物かがカズキには想像が付いた。
多分、間違いなく蝶野邸にあったものだろうと、そう思った。


「勿体無いからな。ここに寄付してやる」


そう云われ、置かれた数々の飾りは、確かに蝶野の物だったが
カズキが考えていた物とは、少し違っていた。






蝶野の家では、毎年クリスマスのパーティが開催された。
それは、大概取引先のホテルを会場としていたが
完ぺき主義な父親は、毎年飾りつけなども自分で選び発注しそれをホテルに使わせた。
その後、大体、取引先のイベント会社や関連会社などに払い下げていたが
珍しく気に入った年の物は、己が所有する会社のロビーに飾るツリー用に手元に残す事もあった。
コレは手元に残されたもので、蝶野家が借りていたレンタル倉庫に置かれていた。
ただし、その、レンタル倉庫というのは蝶野が持つ会社用に借りられてはいたのだが
ご丁寧に、何重にも転がされていて――――つまり、直接、蝶野が借りている形跡が残らないようにされていた。
それがどう云う事かは、蝶野の跡継ぎであった者には理解が出来た。
つまり、表に出ては拙いモノの隠し場所も兼ねていると云う事だ。
無論、カモフラージュにこう云った季節限定でしか使われない物を預けている体裁が取られ
実際に預けているモノが見つからない様にされていた。
錬金戦団は、見事な位にホムンクルスとそれに関する事にしか手を出さないからなのか
それとも、本当にその倉庫については見つけられなかったのか
どちらかは不明だが、全くの手付かずとなっていた。
お陰で、パピヨンとなってから見つけたこの倉庫に隠されていた色々と拙いモノの中でも
隠し財産に当たる物は有り難く頂いていた。
レンタル倉庫自体に、そう云った事情があり
借りている筈の名前を使われている会社は、その倉庫の存在自体知らされていない。
残っているのは、自分には不要な物ばかりで
後は簡単な小火でも起して倉庫の存在を明るみにしてやるかと想っていたのだが
昨日ツリーの話を聞いた時に、ふと、飾りの事を思い出した。

因みに、飾りには何の問題は無かったのだが
これを飾り付けるツリーの中に、色々と『国税に見つかったら拙いモノ』は隠されていた。





「なぁ、本当に貰って良いのか?」
「構わん」

キッパリと言い切るパピヨンに、寮生達は歓声を上げる。

「すっっごぉおおいぃぃいい!!!!」

まひろがクリスタルボールを手に取り歓呼の声を上げる。
わっと、飾りに群がりあれもこれもと引っ張り出され、スワロに気が付いた六舛がその薀蓄を語り始める。
そんないつもと同じ様な騒ぎの中で、飾りつけは始まった。





「なるほど、時間が掛かる訳だ」

斗貴子がそう呟いて、肩を落とす。
それを見て、カズキは
「でも、このペースなら18時にはライト点けられよ!!」
と元気に返す。

アレも良い、これも良い、とつける飾りをどれにするかで一騒動。
まず、絶対に使うフィギュア――――コレをどの位置につけるか
メインで一番目のいくところに置くのはパピヨンのフィギュアとしても


どっちのフィギュアを中心に飾るのか――――そこで一騒動。


斗貴子としては『服、着てるのにしておけ』としか言いようがないのだが
脇に飾っても、パンツバージョンは微妙に目が行くのだ。
いっそ、裸の部分を塗り潰してしまおうかとも想ったのだがそんな事が出来るはずも無く
中心に飾るフィギュアが決まった頃には既にお昼。
結局、ここで休憩になり昼食を摂り再度始まる飾りつけ。
パピヨンが持ってきた飾りは種類も多く、全て使うとまとまりが無いため
どれを使うかでこれまた揉め、他の寮生やパピヨンもカズキも
気が付けば、付き合いでいるだけだった斗貴子ですら全力で飾り付けの討論をしていた。

そして、大方の飾りが何とか成った頃

「こう云うのも、必要だよね」

そう云ったパピヨンの、あろう事かあの場所から出された何本かのスプレー。
それはスノースプレーで、何時の間にか用意された型紙を使い窓に色々な形が描かれる。

「因みに、太陽や蛍光灯の光を蓄えて、暗くなると長時間光る夜行性の物だ」

『イルミネーション程では無いが』と付け加えられ。
沢山あるから個人の部屋の窓にもやれると言われれば、それが何処から出てきたかは取り合えずさて置き
流石に女の子達に持たせるのは何なので
女の子には型紙を押さえて貰い、男の子達がスプレーを吹き付けていく。
最後の部屋が終る頃には、既に暗くなり
空になった箱を片付けて、皆で集まり部屋の電気を落とす。


「今回はパピヨンさんが、これを押して下さい」

そう云って渡されたクリスマスツリーのライトのスイッチ

「じゃ、ツリー点灯まで~~5」

「「「「「「「「「4!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「3!!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「2!!!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「1!!!!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「0!!!!!」」」」」」」」」

パチン





柔らかな、オレンジ色の光が灯り徐々にゴールドへ変化する。
部分的に時間差で点滅可能なタイプらしく、フワリと浮かび上がるツリーの飾りに順番に光が反射したかと想うと
徐々に色が変化し、オレンジや白、柔らかなグリーンに変わったかと想うと今度はピンクや紫へと
様々な色に変化しその度に上手く飾りに反射し美しい影を彩る。
それは、まるで飛び立つ蝶の群れの様で、皆、一瞬上げた歓声が静まり、唯々、その光を見つめ続けた。









「きれーだ」









ぽつりと呟かれたカズキの一言が、全てだった。














そして、いつでも魔法は突然消える。



「てめぇら、いい加減飯の時間だ!!!」
怒声と共に点けられた部屋の明かり。
皆がハッとして振り返れば、部屋の明かりのスイッチの所で面倒臭げに立っている教師火渡。
「予定より、時間オーバーしてんだからとっとと喰え!!」
ずかずかと、廊下に戻っていく火渡にすっかり現実に戻される。
「わっ、もう20時近いよ!」
「道理で腹減るはずだよな」
「あはっ、言われたら急にお腹空いたね」
「パピヨン、お前も食べてけよ」

カズキに声を掛けられ

「う~~ん、そうだね。今日は食べて行こうかな」
「そうですよ、今日は一番の功労者ですもの」
「ホント、凄いよね」
「あぁ――――確かに、綺麗だったな」
斗貴子が頷き、カズキが笑う。
そして、カズキがちらりとパピヨンを見れば満足気に笑っていた。
食堂に行く為に、廊下へ進む際に
誰もがもう一度ツリーを仰ぎ見て、そして、微笑んだ。













「綺麗だな」


カズキが言えば、蝶野が頷く。
食事も、風呂も終わって既に皆就寝した。
食事の後、普通にカズキの部屋に居た蝶野にカズキも、帰れとは言わなかった。
他愛も無い話をして、時間が過ぎて行き
皆が寝静まった頃、二人は何も言わずにツリーの前にもう一度来ていた。
真っ暗の中、色取り取りの光に互いの照らされ
ただ、互いの腕が微かに触れる位の距離で佇んでいた。
寄り添うというには、後一歩だけ足りない――――けれど、決して離れている訳ではない。
互いの体温を感じる微妙な距離で気恥ずかしさも伴うが、決して其れだけでは無い
二人にとって居心地の良い距離感だった。

「楽しかった」

蝶野の一言に、正面のツリーを見つめていたカズキの瞳が蝶野に向けられる。

「礼を言う―――今日は、楽しかった」

淡々とした表情でツリーを見たまま言う蝶野は、内心照れ臭いのだろう。
だから、いつもならカズキの瞳を誰よりも真っ直ぐに見つめてくるのに、今は逸らしたままで
ツリーをじっと見つめたまま、けれど、全身でカズキの気配を感じているのが解る。、
だからこそ、カズキは自分には向けられないその目を見つめて話し始めた。


「お前が、楽しかったならオレは凄く嬉しいよ。あのさ、オレは来年の3月には、高校を卒業するだろ」
「あぁ、付属の大学に上がるんだったな」
「うん、仲良い奴らがみんな揃って付属行くし、ここから、そんなに離れてない」
「そうだな」
「けど、この寮からは出なくちゃ行けないんだ」
「大学の寮に変わるのか?」
「う~~ん、どうかな。実は、ぎりぎり迄、迷ってる」
「大学は実家から通える距離なのか?」
「無理。だけど、寮じゃなくて、アパート借りるかもしれない」
「そうか」
「でも、アパート借りるにしても大学の寮に入るにしてもさぁ……この寮は出なきゃ行けないんだ」
「当たり前だろうが」
「そうなんだよね。当たり前なんだけどさ」
「何か問題でもあるのか?」
「オレが、この寮を出たら――――蝶野も、この寮には来なくなるだろ」
「……まぁ、そうだな。確かに、俺はお前が居るからこの寮に来てるからな」
「二人が、ここで過ごすのが終っちゃうんだな~って」

ゆっくりと、蝶野はカズキの方を見る。
カズキの顔はツリーの灯りに照らされていて、いつもより柔らかに微笑んでいるように見える。

「1年間、同じ寮に居たのに蝶野を知らなかった―――知り合った後だって、同じ寮に居る時間は短かった」
「出逢って直ぐ、逃走の為に鷲尾が俺の部屋を壊したからな」
懐かしく思えて、くつりと喉の奥で笑う。
創造主を探しに来たカズキと水飲み場で出会い、その場で命を奪おうとして逆に殴り倒され気絶して
目覚めたら自分の部屋で、二人に囲まれ尋問されて
「寮で暮している蝶野を実際に知ってるのは俺だけで。俺も、卒業して蝶野もここに来なくなるって事は、
 ここで暮してたお前の事を知ってる奴がこの寮には居なくなるんだよな」
「それは、誰でも当たり前の事だ。お前の事だって、来年は妹が居るが
 妹が高校を卒業したら、寮に居る奴でお前がここ居た事を覚えている奴なんて――――」

そこまで言って、蝶野は気が付く。
カズキは3年でまひろは2年だ。しかし、寮には新入生が入っている。
面倒見の良い4バカは、1年達とも無論仲良くて何かと面倒を見ていた。
その1年生は普段は思い出さなくても、何かの折にはカズキが居た事を覚えていて思い出すであろう。
そして、カズキを覚えている者達が完全に卒業しても、例え、カズキの話を聞かされていなくても
その卒業生達の事を何年か後の後輩達は覚えている。

つまり、人の流れが続いているのだ。

例え、年齢が離れていたとしても同じ学校を卒業したと云うだけで、社会人になってから知り合い
繋がっていた事を知る者達も多く居る。
寮の歴史を紐解けば、昔の寮生の写真は幾らでも出てくる。
けれど、蝶野 攻爵は違う。
高校の時代の写真なぞ、無い。
自分を知っている者も居ない。
蝶人となった後に手を回し、戸籍上は、死んでいる扱いとなっている。
それ以前に、誰にも語られる事も記憶に残る事も無いのだが


蝶野 攻爵の人としての流れは武藤 カズキの中だけで完全に終るのだ。


何故なら、例え、誰かがカズキに蝶野 攻爵の事を訊ねても
彼の事は、決して話すことが出来ないのだから。
行方不明になって死んだ蝶野 攻爵と武藤 カズキの接点は合ってはならない。
それは、蝶野家の集団失踪事件のインタビューを受けた時
彼をうっかり知っていると言ったばかりに斗貴子に肺を強打された。
あれは、うかつな事をカズキが言わないように取られた処置であり
今後の事も含めて『蝶野 攻爵について決して周囲に漏らしてはならない』と戦団からも言われた。



「そうか、そう云う事か」



別に、だからどうと言う事は無い。
現に、今まで一度もそんな事を気にしてはいながったのだ。
蝶野はそう思った。けれど、カズキには解っている事があった。
死にたくないと必死にあがき、自分を必要としない世界を焼き尽くそうとした蝶野。
それはつまり、自分を必要とする存在を探し、自分の存在をどうにかして世間に認められたかったのだろう。
だから、たまに『蝶野 攻爵』が世間から忘れ去られたままになっているのが、カズキには、堪らなく辛く感じられてしまうのだ。

「折角、生まれ変わったんだしオレがこの寮に居るし
 蝶野はオレだけの中にしか残らなかったかも知れないけど、パピヨンは、皆の中に残れるよな」

そこまで言って、カズキは気が付く。
なんだそうか、とストンと胸の中がすっきりとして思わず笑う。
訝しげな表情でカズキを見つめる蝶野に、ごめん、オレって馬鹿だ笑いながら呟いた。

「お前が馬鹿なのは知っているが、何なんだ一体」

不機嫌に目元を眇める蝶野の両腕を掴み互いが真正面に向き合わせる。
いきなり両腕を引っ張られた蝶野は面食らったようだが


「オレ、間違ってた――――蝶野も続くよな
 だって、蝶野を良く知っているパピヨン、お前が居るんだから
 お前は、寮生に良く知られてて、ここに良く遊びに来てて、絶対に忘れられない。
 お前だけは、正体は明かせなくても昔の事は話せなくても、それでも、蝶野 攻爵を語る資格があるんだから
 だから、パピヨンが寮生や学生……それだけじゃなくて、老若男女皆が知っててお前自身が語られ続ければ
 それも、人の流れの一部だよな」



だから、途切れるはずだった物が繫がったのだ。



「随分と、破綻してる上に取って付けた様な理由だな。
 だが、馬鹿なりの考えにしては面白い。
 お前が蝶野を忘れなければ、お前が人の流れの中で生きている以上、蝶野 攻爵も続く。
 例え、お前の心臓が核鉄で人間じゃないとしてもだ。だから、最初から途切れたとかそんなモンじゃ無い」
「オレが人間じゃ無くても?」
「そうだ―――クリスマスの起源を知っているか?神が人の子として降誕した祝いだ」


つまり、それって、人でない神様がみんなの中で続いてるんだから
自分も続いて当たり前って事だろうか?


「お前が、人か人で無いか、続くモノがあるかも続いていくのかも、世界が滅亡して地球が無くなっても
 己が人として生きていた事を、必死になっていた姿を、自分以外の誰かが知っていたと云う事実
 それを『この俺が』知っていて、今があればそれに何の不足がある」



武藤 カズキの頭と心の一部を自分が占めている。
そして、それについてぐるぐる悩んで訳の解らん理屈をこねくり回して必死に蝶野 攻爵の存在を繋げ様としている。




そんな考えが浮かび、蝶野はニヤリと笑う。





「馬鹿の考え休むに似たりと言ってな」
「悪かったな!何か、解んないけど頭ん中でぐるぐるしたんだよ!!」


でも、解んないけど、喋っててスッキリしたから良いや。
そう云って笑う馬鹿が愛おしくて仕方が無い蝶野は、取り合えず、馬鹿を抱き寄せてみる。


「まぁ、でも確かにこの寮でこんな事ができるのも後少しだしな。
 出会いの場所でもあるこの学校の生活も終ると想うと感慨深いし、何よりお前が寂しがっているようだからな。

 もう少し、こまめに会いに来てやろう」

「う、」

『二人が、ここで過ごすのが終っちゃうんだな~って』
そう言われてみれば、蝶野もなるほどと想った。
寒くて、思考が停止しやすく重圧もあり悩みやすい時期に
既に、決着が付いている蝶野 攻爵について『また』頭の中をぐちゃぐちゃにして悩んで寂しがる馬鹿。


「お前が例え救いようの無い馬鹿だとしても、お前にとって俺が特別であるように俺にとってもお前は特別だ」
「……うん」
「既に、俺の事で悩むのが癖になっているようだから教えてやるが
 俺は、お前の事を考える事はあっても、悩んだり後悔したりはしない」
「そっか」
「ついでに言えば、俺は歴史に名を残す男だ。
 だから、俺が武藤 カズキを覚えていればそれで充分だ」
「凄いな」
「そうだろう、俺に名前を覚えらるだけじゃなくて、特別な存在となったんだ。
 お前は俺が認めた唯一のライバル――――凄い事だ」
「蝶野」
「何だ」
「俺って、やっぱり馬鹿だ。
 何か、何で悩んだのか寂しかったのか良く解らなくなった」
「それは、馬鹿だから仕方ない。
 馬鹿は悩まなくても良い事で悩んで、勝手に寂しがって――――でも、馬鹿だから忘れるんだ。
 そして、それが大切なんだ」
「悩むのが?忘れるのが?」
「寂しがるのも含めて全部だ」
「そっか」
「武藤」
「何」
「お前が馬鹿で、良かったよ」










ツリーを飾ったのは寮に入って直ぐあるロビー。
其処は、寮生であれば男子も女子も誰もが談話できるようにソファーが置かれ
毎年12月24日にはテーブルが運びこまれて、皆でツリーを囲んで立食パーティーという名の馬鹿騒ぎをする。
武藤 カズキが寮で送る最後のクリスマスパーティーには、特別ゲストとして蝶人パピヨンも参加していた。

『やはり、寮で飾られた歴代のツリーに勝ちたければ、コレぐらいの蝶☆サイコーなオプションは必要だろう』

サプライズとして、パピヨン ver.クリスマスの格好をしたパピヨンが持ってきた物は
怪人・ブチ撒け女ver.クリスマスとライバル偽善くんver.クリスマスの顔をくりぬかれた等身大パネル。

「観光地なんかで見るよね~~これって、顔を出して記念撮影するんだよねぇ」

ニコニコと笑ってブチ撒け女の顔の部分に顔を入れてピースしているまひろと

「凄い、合成の技術だなぁ」

そう言いながら、感心している六舛。
そして

「取り合えず!料理を退避ーーー!!!!」
「ちょ、誰か斗貴子さんを止めないと!!」
「カズキ君!何所行ったの?!」
「デジカメ借りてくるって走ってった!!!」
「てめぇら!騒ぎすぎだっっ!!!!」
「まっぴ~!!危ないってば!!!」
「あ、お兄ちゃん」


「お待たせ!!さ!皆一列に並んで順番にパネルから顔出してね!!」


満面の笑みでデジカメを構えるカズキに、ピースするまひろと偽善くんの顔から顔を出す六舛。

「あ、パピヨンさ~~ん!折角だから、一緒に並んで撮らせて下さ~~い!!」
「あぁ、構わないよ」

攻撃を交わしたついでにフワリと跳び、ひらりと降り立ちフィギュアと同じポーズを決めるパピヨン。
皆が順番に写真を撮り、最後はパピヨンを真ん中にしてタイマーで全員の記念写真を決める。









その年のクリスマスツリーとパーティーの話は、寮の伝説の一つとなり写真と共に代々に伝わっていくのである。
蝶人パピヨンが参加した、伝説のクリスマスパーティ。
その時の等身大パネルは、後年、更にパピヨンの等身大パネルも増え
寮のクリスマスパーティーでは、欠かさず使われるようになるのである。








                                  END