『暇潰しなら、そこらの本でも見てろ』
呼び出されて、連れてこられてこの言い草
いつもの事で慣れてるけど
漫画も無ければ小説も無い
見たところ小難しそうな専門書だらけの本棚
たくさんある本棚の中
一冊くらいは読めるのあるかと、うろうろしていて見つけた物
後ろから覗き込む存在に気が付かないくらい
それを捲ることに熱中していた。
オモイデヲ ノコス カタチ
武藤カズキという生き物は、実に自分の思考に影響を与える生き物だ。
話していると、色々思いつく。
調べて実行したくなったり
悪戯を仕掛ける為の準備をしたりと忙しくなる。
少し、時間が出来れば
愛しい女の下へと通う馬鹿な男を笑えない程度には
アレの元へと連絡を取っている。
錬金の戦団にとってはそれが都合良い様で
最初の頃は武藤の服等に発信機を付けていた様だが
それも、使えぬと解ったのか最近は静観しているようだ。
先程も、連れてきて会話していた最中の武藤 カズキの一言で
ちょっと、調べたくなり
作業に没頭していた小一時間
――――静か過ぎる
普段なら、手持ち無沙汰になったアイツがお茶を入れてきたり
用意しておいた菓子を見つけて食べて良いか聞いてきたり
仕掛けておいた罠に引っ掛かって本棚や薬品を崩したり
何らかの物音や爆発音や悲鳴が流れるのに
気が付けば、自分だけしか居ない時のように音がしない。
――――オカシイ
気配を探れば、確かに居る。
しかも、何かに熱中しているようで動く気配が無い。
此処にはアレが熱中できるような本は無い筈だが、と思い立ち
こちらも気配を消して探し出せば
本棚の間で行儀悪く寝転びながら
ご機嫌でページを捲る音
「忘れていたな」
「うわっ!!」
ページを捲る事に熱中しすぎて
後ろからの呟きと
背中に掛かる重みに心底驚く。
「ちょ!重い!!」
「そーかそーか。重みを掛けてるからな」
声は明るいが
もしかしたら、一寸怒ってるっぽいような
「燃やそうと思っていたのをすっかり忘れていた。
思い出させてくれて感謝するぞ、武藤かずき」
身体を起すと、目の前のアルバムをひょいと取り上げられる。
慌てて身体を起して見上げれば、心底詰まらなさそうな顔
「えっ?!何で燃やすんだ??」
「コレを見て懐かしがるような者は居ないからな」
言外に『自分を含めて』と
そんな言葉が哀しくて
「普通の書物と違うんだ。個人のプライバシーを見たい時は一言言ってからにしろ」
フン、と鼻を鳴らされ密かに怒っている事も知る
「あ、ごめん」
確かに、それは不味かったと
そう思って改めて向き直り
「確かに、申し訳なかった!!」
きっちり頭を下げると「もう、良い」と返される。
手の中にあるアルバムに、嫌そうな視線を向けるパピヨンは、
今からすぐにでも燃やしそうな勢いで。
「だから改めて!続き見せてくれ!!」
飛び掛る勢いで、改めてのお願いをすれば見開かれる目。
「あのな」
呆れ顔の蝶野だが
「だって、まだ、入園の日までしか見てないんだ!!」
はぁ、と溜め息を吐くと
ポイとアルバムを自分に投げ寄越し踵を返す蝶野。
慌ててそのアルバムを抱えて、後を付いて行く。
「別に、あそこで見てればイイだろ」
「や、蝶野も手が空いたなら一緒に見ない?」
あ、凄く嫌そう
「そんな暇無い。黙って見てろ」
そう言われて仕方なく、椅子に座る蝶野の近くで寝転がり
先程まで見ていたページを改めて探す。
「なぁなぁ、蝶野って、小さい頃から頭良さそうな顔してたんだな」
「良さそう、では無く小さい頃から良かったんだ」
「これって、付属の小学校だったんだろ?入学式の写真可愛いな」
「そりゃどーも」
「これって、あれだよな、学校で撮って自分で買うタイプの写真だよな
運動会、かけっこ一等だったんだ」
「走るのは速かったからな」
「…遠足とかの写真は無いんだ」
「遠足の日は休んで自宅で英才教育の特別カリキュラム受けてたからな」
運動会はある程度内申に響くが
遠足は行く必要の無いモノとされていたから
「…そっか…あ、これって、正月の写真だよな」
掛け軸の前に正座で座る羽織袴の蝶野
「それは、毎年取っていたからな」
「さっき、七五三のもあったけどあれもおすまししてて可愛かったな」
大きな溜め息を吐く蝶野
「偽善者、静かに見てられんのか」
「や、だって、なんか蝶野の子供の頃って可愛くてさ」
「気がついてるんだろ、そのアルバムの不自然さに」
本来なら、家族も一緒に写ってる写真もある筈なのに
両親はおろか兄弟の次郎すら一緒に写った写真が一枚も無いのだ。
このアルバムは『蝶野 攻爵』一人しかいない。
「跡取りで無くなった俺のアルバムは、蔵に捨てられてたんだ」
作り変えられた、蝶野家のアルバム
父親である男は恐ろしく完璧主義だったから
必要な部分――おそらく、自分以外が写っていた写真
跡継ぎとなった次郎のアルバムに『次郎』として使えそうな家族写真を抜いて
不要な『攻爵』の写真は、アルバムごと焼却される予定だったのだろう。
「無駄な作業となったがな」
そう言った蝶野の表情は、いつもの嘲笑では無く。
多分、パピヨンの中にある『蝶野』のどこかに未だあるであろう
蝶野 攻爵を必要としなかった世界への、憎しみと哀しみを諦めざるを得なかった寂しさに縁取られていた。
資金の確保と証拠隠滅の為にこっそり戻った自宅は
家宅捜査で、見事な迄に押収されてしまってガランとしていた。
蝶野の遺産は表立ったものよりも、隠し財産の方が重要で
そちらについては、全く見つけられていなかった。
―――後にバタフライの財産までしっかり頂く事になるのだが―――
その時は蔵に眠っている、バタフライが人間『爆爵』だった頃に残した資料で見落としが無いか
ついでにソレを調べようと立ち寄った蔵の一つの隅っこに
打ち捨てられていたソレを見つけ
世間に自分写真が出回っては困ると理由をつけて持ち帰った。
その時すぐに燃やせば良かったのに
持ち帰ってしまった自分の、攻爵への執着と甘さ
「なぁ、これ、燃やしちゃうのか?」
しっかりと『蝶野 攻爵』のアルバムを抱かかえて自分を見上げる武藤 カズキ
自分が、万が一にも仔犬を買う事になったら
間違いなく『カズキ』とつけるな。
「いらんからな」
「じゃあさ、これ、貰っちゃ駄目か?」
「何だ、錬金戦団にでも資料提出する気か貴様」
「そんな事する訳ないだろ!!」
解っていてからかえば、真剣に怒ってくる。
『蝶野 オマエの名はオレがずっと覚えている
オマエの正体もずっとずっと覚えている』
最後の決着の時に武藤 カズキが言った言葉。
『だから、新しい名前と命で新しい世界を生きてくれ』
この言葉と共に
『蝶人 パピヨン』は生まれたといっても過言では無い
人でも
ホムンクルスでもない
蝶人の誕生
―――それと共に完全に終った「蝶野 攻爵の人生」
その、終った人生を
貴様は両の腕で抱きとめようとするか
「まぁ、好きにすれば良い」
蝶人パピヨンには、ソレはもう、関係ない物だからな
「ほんとか?じゃ、これにオレの写真も貼って良い?」
何を言い出すのかと思えば
「だってさ、アルバムには友達の写真とかも貼られるだろ」
一緒に撮った写真では無いけれど――――もう、増える事は無い筈のアルバムに増えた一枚
「……好きに、しろ」
――――アルバムの最後に増えたのは、蝶野 攻爵の特別な存在
END