抱かかえられた子供が、母親を見て笑って嬉しそうに言う。
走っていた子供が、母親に飛びついて嬉しそうに言う。
寄り添って、抱き締めて、抱き締められて―――そして紡がれるその言葉。

そんな、何処にでも見られる光景はCMにも合って

目にした子供は、その意味を正しく理解する。
そして、自分もソレを正しく使うのだ――――その子供にとって、正しいと思われる使い方を。







愛を込めて








ソウヤと共に公園から帰る道。
遊んで疲れても頑張って歩いてはいたが
そろそろ、無理だろうとパピヨンは訊く。

「ソウヤ、抱っこするか」

すると、手の先の子供は首を横に振る。
その必死の形相とぎゅっと力が込められ手に知らず微笑が零れる。
実は何度か同じ遣り取りを繰り返しているのだが
最近歩けるのが嬉しくて仕方が無い子供は『抱っこして』とせがむ事が少なくなった。
走り出して飛び出し事故になど合わぬ様に、車の怖さを子供に教えながら手をしっかりと繋ぎ歩く道。



それでも、限界は来るもので



「ソウヤ、抱っこするか」

ちょっと――――では無くて実はかなり我慢していた子供は、潤んだ瞳でこっくりと頷いて両手を挙げる。
パピヨンが両手で抱え揚げると、以前に比べてずっしりとした重みが腕に掛かる。

後、どのくらい――――こうして抱き上げる事があるのだろう

「頑張って、良く歩いたな」

我慢強さは、父親似か?

ぽんぽんと背中をあやしながら言ってやれば、腕の中で照れる子供。
両手でパピヨンのエレガントな一張羅の胸元の生地を握り締め
にひゃぁと顔を崩して笑う子供は赤いほっぺたに瞳をきらきらさせて

「ぱぴおん、」

と、何が嬉しいのか喜びに満ちた声で自分を呼ぶ声に

「なんだ」

と返せば、子供はまた、嬉しそうに笑うのだ。




「そうやね、ぱぴおんだ〜いすき」




疑う事を知らない子供は、ただただ、真っ直ぐに感情をぶつけてくる。
そして、その度に自分は困るのだ。


きらきらした瞳は期待に満ち溢れ、何を期待しているかが嫌でも解る。







解るのだが――――







思わず言葉に詰ってしまうが、構わず間近で自分の瞳をにこにこ見つめてくる子供。
無言だが、答えを待っているのが解る。
誤魔化しが通用しない子供の本気は、いつも、自分を困らせる。



「ぱぴおん」



焦れた子供は、期待に満ち溢れた声音で俺を呼ぶ――――観念するしかないようだ。



「ソウヤ」
「あい」






「パピヨンも、ソウヤが好きだ―――――大好きだ」






ソウヤは、それを聞いてはち切れんばかりの笑顔になると
恥ずかしいのかどん、と胸元に頭をつけてしっかりと首につかまった。

















子供を寝かしつけた後、ふと、思い立ち冴え冴えとした月の光の中に身を晒す。
外気は冷たく月は美しく――――ふわりと羽を出して宙へと舞い出る。
ホムンクルスの襲来などを考慮して、様々な手を打ってはいるものの
やはり、万全を期すためにも極力ソウヤから離れるのは避けたかった。
だから、ソウヤが来てからは夜に独りで空を舞うことも少なくなっていた。




けれど、今宵は――――




そう、離れるつもりも無く―――ただ、月を目指して上へと進む。
眼下に広がるのは、光の粒。
身体に纏わり付く空気は突き刺すほど冷たい。




「産まれて始めて『好きだ』と伝えた相手が、武藤 カズキ――――お前の息子になるとはねぇ」




ぽつりと呟かれる、胸の内。




「お前には、『認めている』『ライバル』‐――――『気に入っている』としか、言えなかった」




カズキは、言ってくれた。

『俺は、蝶野お前が好きだよ』
『――――俺も、お前は気に入っている』

そんな会話を思い出して、自嘲の笑みが浮かぶ。
互いの想いは確かに通じ合っていて、それに嘘は無い。

武藤 カズキの愛する女性は『斗貴子』
武藤 カズキの特別な存在は『蝶野 攻爵』

それだけの、話だ。
そこに入ってくる様々な要素についても、三人の中には所謂『暗黙のルール』が確立され
そして、このままずっと続いていくのだ。



――――それは、既に『恋』なんて綺麗なモノでは無いけれど





それでも





「偶然とは言え、今宵はお前の誕生日だからな――――――」





卑怯な自分は、お前に面と向って云う事はしない。
できるのは、こうして、物言わぬ月に向って独り言を呟くくらいで。
捻くれモノを好きになったお前が悪いと云う事で、それは諦めているだろう。






「お前が『蝶野 攻爵』の最期にその名前を呼んでくれた時に――――――俺は恋に堕ちた」






風や月の光が、この言葉をお前に運ぶ事は無かろうが






「武藤 かずき―――――俺は、お前が好きだった」








もう、今は『恋』では無くなってしまったけれど








「けれど、今は―――――――愛している」








「お前を、愛している――――そして、お前が愛するモノ全てを、俺も愛そう」







その愛の形が、些か歪んでいるのは全くもって否めないが。
それは、遠く、同じ月の輝きの下に居るお前へ―――――届く事のない贈り物
















こっそりと、起さぬようにソウヤが寝ているベッドを覗き込む。
身体に纏わり付く外気が未だ冷たい為、その姿の無事を確認するだけで
その頬や頭を撫でたりするつもりは無かった。
それでも、気配を感じたのか、ソウヤの表情が『にひゃぁ』と笑みに崩れ
寝言なのか「ぱぁ」と呟かれる。
これは、間違いなく自分の事だろう。



「まったく、お前にだけは絶対に言えないねぇ」



自分が名を呼ばれると良く、口にした言葉――――『もっと、愛を込めて!!』



ソウヤが『ぱぴおん』と呼ぶ声には、いつも当たり前に愛が込められている。
だから、自分も愛を込めて








「おやすみ、ソウヤ――――愛しているよ」







                                   END