『しょうらいのゆめ』 

むとう かずき

おれはおおきくなったら、せいぎのみかたになります。
そして、まひろやともだちをあくのそしきからまもり
さいごはみんなでしょうりのぽーずをきめて
そらにむかってわらいます。








共犯者









小学生の時の文集を見つけて、思わず笑ってしまった。
学年ごとに作られた文集は、その学年ごとにタイトルが決まっていた。
たまたま、見つけた文集のタイトルは『将来の夢』
総理大臣になりたかったり
お花屋さんになりたかったり
宇宙飛行士になりたかったり
野球選手になりたかったり
様々な夢が詰まった文集。

カズキはそれをパラパラと捲りながら
自分のページで指を止める。

『正義の味方』

特撮ヒーロー物が大好きで、あの頃も良く『ごっこ遊び』をしていた。
悪の幹部と正義の味方を、順番で回して、みんなで転げ回り、決めポーズを決めて
誰もがヒーローになれた子供の頃。
懐かしくて、懐かしくて――――泣けてくる。


お前の夢は、ある意味叶ったよ。


正義の味方になって、悪の手先を倒して

そして知った―――――『悪』にされた錬金の戦士。

その男の娘だと云うだけで、人を食料として生きるホムンクルスにされた、何の罪科も無い哀しい少女。
最後まで、夫を元に戻すために身体を失った後も尽力した男の妻。
錬金術に魅せられ、手負いの錬金の戦士と手を結んだ男。
病の果てに、自分で選びホムンクルスとなった男。

悪とか正義とか、簡単に割り切れない
そんな世界の仕組みを知ることになった、自分。


はぁ


溜め息を吐いて、文集を閉じる。
『正義の味方』
ソレが必要な世界がどんな世界かを、考えた事がなかった。



正義の味方が必要な世界には、悪が蔓延っていなければいけない。



そんな当たり前の事に、気がついてなかったんだ。










「今回の落込みの理由は、それか」

やれやれと呆れ顔で、肩を竦める蝶野。
学校から寮へと向う帰り道。
いきなり後ろから羽交い絞めされて飛立たれ、身体がいきなり宙に浮く。
斗貴子さんの罵倒とまひろの「いってらっしゃ〜い」の声に送られて、気がつけば空の散歩。

「まぁ、偽善者の考えそうな事だ。
 割り切れ、と言いたい所だが、割り切れたらお前じゃないしな」
「う〜……」

言葉が無い。
割り切れないのと同時に、過去の自分の浅はかさに腹が立ったり
でも、子供がヒーローになりたいのは普通のことで
守りたい物があって、守りたい人たちが居る。
それは、とても大切な事で。


「まぁ、守りたいモノがあり、それを守れるだけの力を、必要な時に持つ事が出来た貴様を
 俺は、腹が立つくらい蝶・ハッピーな奴だと思うがな」
「そうだけど」
「守りたいモノがあったところで、守れるだけの力が持てない奴もいる。
 逆に力があった処で、何も、持っていない奴もいる」
「……うん」
「常日頃からの努力無しに、力を付ける事も使う事もできん。
 しかし、努力していても及ばない事もある。
 お前は、守りたいだけの価値あるモノを持ち
 それを守るだけの力を手に入れ、使えるように努力し
 その結果、報われた云わば勝者――――そのお前が、くだらん事で悩むな。俺の腹が立つ」

蝶野は、努力しない者を厭う。
その反面、努力する者や道を決めて進むもの、そして己の欲するモノを解っている者には驚くほど寛大だ。
今日も、いきなり現れて空中散歩へと連れ出されたが、これは、奴なりの俺を心配しての行動だと云う事も解っている。

「まぁ、目の前に天才の上に努力を重ねて蝶人へと昇華したこの俺が居ては、半分は運と勢いだけで乗り切ったお前は
 常日頃から己と俺とを比べて落ち込む事ぐらい、当たり前の事だとは思うがな」
「一言多いよ」
「事実だろうが。
 不治の病に侵されながらも、決して諦める事無く生きる道を模索し続け、多大なる犠牲の元に今の俺が居るんだ。
 天才だろうが、努力しなけりゃ何も進まん―――――だが、勘違いするなよ。
 大罪犯しておきながら、のうのうと空を羽ばたいてる俺を、表立っては誰も責めはせん。
 俺は、何の後悔もしていなければ、例え過去に戻る機会があったとしても同じ道を歩む。
 だが、蝶野 攻爵の犯した罪を知る者達が存在し、何より俺自身が生き続ける限り
 罪は、いつまでも其処に有り続ける。それが、どう云う事か――――例えお前の頭でも、解るだろうが」


言葉を、返せない。


それでも、思う。
あの時、俺にもっと力があったら。
蝶野 攻爵も、蝶野に捕食された人達も助けられたのに、と。

「おい、『俺に、あの時もっと力があったら、皆を救えたかもしれない』って表情だな。
 いつからお前は、そんなに偉くなった?武藤 カズキ。
 もし、そんな風に考えるなら、それは思い上がりも甚だしい。
 あの時のお前は、ちっぽけで錬金の力を持ち始めたばかりの只の人間だった。
 いや、今だってそれに変わりない。皆を救う?神でも目指すつもりか貴様は?
 お前一人の力では、何も変わらん。今回の結果とて、様々な力を借りて為しえた事だろうが。
 それで、今の武藤 カズキとお前が守りたい者達の居る世界があるんだろうが。
 大体、貴様より優秀な研究者や戦士達が集った錬金戦団が、解決しようと何世紀も足掻き努力してきた積み重ね
 その結果とお前と俺が結びついて、今があるんだ。
 お前の考えはそんな過去の努力を踏み躙る、厚顔無恥で驕慢このうえない考えだと思うが」
「キッツ……」
「当たり前だ、愚か者。
 お前独りで抱え込んでソレで何とかなるなら、世界なぞ無いも同じ」
「お前、心配してるのか罵倒してるのか馬鹿にしてるのか、解んないよ」
「心配だと?誰がするか、そんなモノ」
「何か、よく解んなくなったけど。でも、俺も幾ら過去に戻れる機会があったとしても。
 それでも、やっぱり、見てみぬ振りは出来ないしやる事は変わらないから
 結局、今の状況も変わらないんだよ。何度やり直しても、こうやって蝶野と話してるんだ」
「フン、ならば、もう良かろう。
 お前は所詮、正義の味方を気取る偽善者でしかない。
 それを忘れるな、武藤 カズキ」
 
 





空の上での会話


其処には、罪人の二人だけ――――自分達以外の誰にも聞かれない。






実験で人をホムンクルスに変え、最後は自らホムンクルスとなり人を喰らった男。
その犠牲者の数は、20人を越える。
通常であれば、法に裁かれたであろう。
けれど、蝶野はこうして自由に羽ばたいている。
二人で決着を付けたあの時、自分は自分の意思で彼を許した。
それは、後から考えれば『勝手な個人の判断』以外の何物でも無く。
法はおろか、戦団の判断すら仰がなかった。
あの時の状況で『地球を守った 武藤 カズキ』が、付けた決着に異を唱える事が出来る筈も無く。

また、戦団にすれば『類稀なる頭脳と才能を持つ蝶野 攻爵』と云う存在の価値を考えれば
今までの犠牲者については、不問に近い状態とする方が都合が良かった。

『世の中ってのは、不条理なんだよ』

戦士長・火渡の言葉の意味は、間違いなく真実でとても重い。
けれど、それでもだ。



誰に責められても、自分に蝶野は殺せない。



考え込んでしまっていた意識が、身体を抱き締めていた腕の力が強くなって引き戻される。
顔を斜め後ろに向けて、何とか蝶野の顔を仰ぎ見ようとするよりも速く
がっちりと身体を後ろから抱かかえられた上に、首の根元に蝶野の顎が乗っかり




「それでも、偽善者なりの成果を出したのだから、充分だろう。

 貴様は、俺と共に前だけを見て生きていけば良い」




どんな時の声よりも甘く優しく囁かれ、鼓動が跳ね上がる。
胸が詰まって、言葉を返す事は出来なかったけれど
回された腕に自分の手を重ねて、ぎゅっと力を込める。
それで、俺達には充分だった。




気が付けば、夕日が沈みかかり辺りは綺麗な夕焼けに包まれている。




その、綺麗な空の下で生きる自分達は――――綺麗なだけでは、生きて行けない。
況して己の欲望を満たす為なら、他者の命を平気で犠牲にする男と
その男を許し、生かし、守ったヒーロー気取りの偽善者。

あぁ、そうか。

心の中に浮かんだ三文字。
決して良い意味では無いけれど、自分たちにはピッタリだと笑えてしまう。

「何だ?」
「何でもない。なぁ、腹が減ったからいつもの店に行きたい」
「フン、現金な奴だな」

呆れたように、でも、ご機嫌な蝶野はフワリと優雅に方向を変える。
きっと、お店には知った顔が居て、いつも通りの馬鹿騒ぎで今日も終る。
今は、それで良いのだ。











だけど、いつか俺は蝶野に伝えたい。
蝶野と俺の関係、思い浮かんだ三文字の漢字。




その時、蝶野がどんな表情をするのか―――――正面から見ていたい。








                                   END