「ファーストキスは、一番好きな人とするものよ」

―――好きな人ができたら、交わしなさい

そう云って、自分の顔のあちこちに唇を落とした女
けれど、唇に唇を合わせる、唯それだけの行為のみは避けた女
それが、初めての女だった。





ただ、重ね触れるだけ





やりたい事が思いつくとふらりと消えて
気が向くと、ふらりと現れる蝶人パピvヨン(愛をこめて)

彼が最も良く現れる場所と言えば銀成学園高校の寄宿舎

―――正確に言えば『武藤 カズキの居る所』である。

来て何をしているかと云えば
武藤 カズキ『で』遊んでいる、とは本人の弁で
何だかんだと理由をつけて会いに来て
気儘に話して去って行く。
その話しは、他愛も無いモノが多く
だけれど、時に『蝶野 攻爵』の話しになる。


―――それは『蝶野 攻爵』を覚えている、二人にしか出来ない会話


「何だ、まだキス止まりなのか」
小馬鹿にしたよう言い放つパピヨンはご機嫌で。
「当たり前だろ!オレ達は未成年!!」

お付き合いは、清く、正しく、美しく。

「あの女も、処女だろうから童貞と処女か。 まぁ、似合いだが最初が大変だろうな」
「しょっ!!」

さらりと放たれた言葉はニアデス・ハピネス並の威力で。

「おっ!なっ!」
「……お前、何て事を言うんだ」


正解


「ところで、最初が大変て」
「顔真っ赤にして言葉も出なかった割には立ち直り速いな」

やれやれ、これだから思春期の子供は、と
そう云って偉そうに呆れ返るパピヨン

「や、だってやっぱり男として気になるだろ」

確かに自分も斗貴子さんも
お付き合いというか楽しい男女交際というかストロベリートークですら初めてで
とどのつまりは、本当に全てが初めてで
そうなると

「何が、どう、大変なのかな、と」
「あの手の女はまず、其処に持ち込むまでが大変だろ」

お前も、相当、晩熟だしな

「男がリード下手だと更に最悪だろう」

その前に、ムード作れるのか
まぁ、押せ押せでイけそうな女ではあるが

「突っ走って突っ込むだけ、で終ったら噴飯モノだな」

「……なんか、大変なのは解ったけど」

完全に、オレを馬鹿にしてるだろ。

「正解」

しらっと返すパピヨンに

「何だよ、偉そうに。お前だって経験無いだろ」


よくよく考えてみれば
高校生になってすぐに発病して
ずっと、生きるか死ぬかだったのだから
経験なんてあるはず無いのだ。
そう、気が付くと
偉そうに言うなと返したいのに―――返せなくなる。
何だか気不味い思いをする。


「生憎だが、あるぞ」
「嘘っ!!!」

盛大に驚いたカズキに、偽善者の考え付きそうな事などお見通しだと鼻で嗤う。

「経験も無いのに、偉そうな事は言えないからね」

まぁ、嗜む程度にはねぇ

「……嗜むって」

「高校入学の祝いだったからな」

それは、蝶野の家の跡継ぎの慣習の様な物で
異性に興味の沸く頃に
若気の至りで羽目を外したり、たった一時の感情で
その後の人生にとってマイナスとなる様な
愚かな罠に嵌らぬように

「女を宛がわれるんだよ」

ま、何事も経験てね。

「無論、俺の相手をするからには其れなりの女だ」

女のあしらい方も
ベッドでのマナーも
手を出しても良い相手の見分け方も
発病する迄は、実施で『学ばされて』いた。

「金と、ある程度の家柄があれば、それを狙う輩も多い
 そんなのに引っ掛かって家を傾かせる訳にはいかないからな」
「蝶野……それって、ちょっと、寂しくなかったのか?」

だって、好きな人じゃないんだろ?
其処に、愛情がないのに

「どこの乙女だ貴様は?ヤリタイ盛りの男なんざ、愛が無くてもビンビンだろうが」

貴様だってエロ本見て自慰をしてるだろう?

呆れ顔で返されて言葉も無い。
顔が赤くなるのが解るが止められず
そんなオレを見て、更に嬉しそうな表情の蝶野。

「スポーツと一緒で、いい汗掻いてスッキリして終わりだ」

偉そうに言い切られると「そうですか」としか答えられず―――先程とは違う意味で、物凄く気不味い



「あぁ、一つだけヤッテイナイコトがある」


そう言われて
『あぁ、四十八手の型を言われたら洒落にならない』
残りの四十七手は終ってるとか言われても、どう答えろと。
そんな風にぼんやり思っていたから




――――だから、反応が遅れた




ふわりと音も無く目の前に綺麗な顔


柔らかく

冷たく

少し、擽ったい。



「喜べ。俺のファーストキスの相手は貴様だ、武藤 カズキ」


知識の一つで『キスは甘い』と知ってはいたが、成程ね
ふむ、と満足そうに頷く蝶野。

うわあぁあああ!!!!


「さて、そろそろ帰るか」

じゃあな、と手を振ると窓からひらりとと飛び立つ。
夜空をくるくると美しく舞いながら飛んでいくパピヨン
開いたままの窓を閉める事も忘れて、ただ呆然とその背中を見送った。
色々、言いたい事はあるはずなのに、声に出せたのは


「……蝶の妖精さん、は詐欺だろ」


そんな言葉だった。





くるくる、ひらひら―――夜空を舞うのは気持ち良い
特に今は蝶・サイコーな気分だ
ひんやりとした空気が、程よく心地よく
先程のカズキの顔を思い出すと、更に気分が良くなる。



『貴方は馬鹿馬鹿しいと思うでしょう』

そう言って笑う女にあの時『その通りだ』と返した。
たかが、触れるだけ
それに何の意味がある?
そう問うても笑うばかりで
苛々として、その日は随分乱暴に扱った。

『最初のキスが良い思い出だとね
 思い出した時に、ここにほっこりと灯りがともるような気がするの』

それは、独り言のように

帰る支度をしていた自分に掛けられた言葉

『そんな子供騙し、と思われても』

高みを目指し生きていく者にも、そんな思い出の一つは必要なモノよ

―――鼻で嗤って、今日まで忘れていたのだが





ただ、触れる

ただ、重なっただけの唇


その、子供騙しのような口付けは
蝶人である自分の知らなかったモノで


女―――馬鹿にした物では、無かったな


いつも以上に浮き立つ心

今宵ばかりは月よりも
身近な灯りに照らされて
ふわりふわりと上機嫌






蝶の吸う蜜よりも、甘い甘い初めてのキス



                                                                          END