寒い日の風呂は格別だと思う。
銭湯も嫌いではないが、やはり己自身でゴージャスに使いやすくカスタマイズした風呂は別格だ。
一日の疲れをとり、気分もさっぱりする上に



オプション付きなのだから








あったまろ♪








ソウヤは、ご飯を食べてお腹いっぱいで
パピヨンが片付けをしている間は
テレビを見たり絵本を読んだりころころと寝転んだり
片付けしているパピヨンが気になって、足元をうろうろしたり。
うろうろしすぎて

「危ないから足元をウロチョロするな!」

と怒られて。
仕方ないから、パピヨンの周囲でうろうろするのは止めて
キッチンで片づけをするパピヨンの足にしがみ付けば
頭の上から、大きな溜め息一つ。

大きな掌が頭を撫でてくれて

「もう少しで終るから、部屋で待ってろ」

そう言われて仕方が無いので足から離れて
部屋に行って先程まで見ていた絵本を開く。

それは、パピヨンがソウヤのために作ってくれた絵本


『ぎぜんくん と ぶちまけちゃん』


この絵本はソウヤのお気に入りの一冊だった。
そのほかにも

『パピヨン と ぎぜんくん』
『パピヨン と ぶちまけちゃん』

とシリーズになっている。
それのどれも全てがお気に入りで
特に最初に貰った『パピヨン と ぎぜんくん』は
ぼろぼろになって何度も補修され
ついに表紙がとれてしまったため、現在は修理中である。


「ソウヤ、大人しくしていたようだな」


ソウヤがぼんやりと絵本を眺めていると、片付けが終ったパピヨンが頭を撫でてくれる。
パピヨンは、ソウヤの横に胡坐をかいて座ると絵本を手に取り

「読んでやろう」

そう言って最初のページを開く。
当たり前の様に、ソウヤはその腕の中に入り胡坐をかいたパピヨンの足の上に座る。

「それは、ぶちまけちゃんがぶちまけあいてをさがしてあるいていると……」

パピヨン胸に背を預けて座りながら、お気に入りの絵本を読んで貰う。
パピヨンの長い爪が器用にページを捲り、その声がとても心地よい。
夢中になっている間に、とうとう最後のページになり

「おしまい」

その声とともに絵本が閉じられる。

『お願いしたら、もう一冊読んでくれるかな?』

そんな期待と共に見上げれば

「ソウヤ、そろそろ風呂に入るぞ」

その言葉を聞いて、慌てて立ち上がるとパピヨンは棚に向う。
その間に、ソウヤはいらない新聞を持ってきてパピヨンに差し出す。

「ありがとう、ソウヤ」

また、頭を撫でられるとソウヤはうれしくてくすぐったくなる。
がさがさと新聞は広げられ、その上でパピヨンは爪を切る。
これは、パピヨンがお風呂に入る前に必ず行う毎日の習慣だった。
そして、いらない新聞紙を持ってくるのはソウヤの毎日のお仕事だった。
綺麗で尖った爪が、この時だけまぁるい爪になる。
切り終って、軽く鑢をかけると爪を落とさぬように小さくたたみゴミ箱へ入れる。
それから、二人でお風呂に入るのだ。
自分で洋服を頑張って脱げば、パピヨンは又、褒めてくれる。
お風呂場で、お湯を掛けて貰い
髪の毛の間を指先が柔らかく擦る。
撫でられるのとは、また違うくすぐったさにソウヤは笑う。
身体を洗ってくれるときは、パピヨンの掌に大きな泡の塊が乗せられて
ソウヤの身体をやさしく撫でてくれる。

くすぐったくて、あたたかくて、ほわほわする。

洗ってもらって、二人で湯船に浸かれば

「「ふーーーー」」

二人揃って息を吐く。
湯船の床に座ってしまうと漏れなく顔まで沈んでしまうため
ソウヤはパピヨンの足の上だ。
しばらく浸かっていると、パピヨンの指先が壁のパネルに伸び
湯船の中に沢山の泡が出てくる。

「あわーー♪」

喜んで手を伸ばして捕まえようとするが
指の中をすり抜けていく。

パピヨンはそんなソウヤを笑いながら見ていた。



充分に温まった後、お風呂を出て
頭をタオルで拭いてもらって着替えた後、ドライヤーが取り出される。
また、膝の上に乗せてもらって
温風が当てられ掌で水が飛ばされていく。
ぬくぬくして、パピヨンの膝の上で船を漕ぎ始めた頃
ドライヤーが止められると
ソウヤの体がふわりと持ち上げられ。

「……ぱぴおん?」
「何だソウヤ?」
「ねんね?」
「そうだ、もう、ねんねの時間だ」

子供部屋のベッドにおろされそうになるが
ソウヤは必死にしがみついて離れない。

「ソウヤ、もうねんねだ」
「ぱぴおん、も、いっしょねんね……」

もう、瞼は殆ど閉じかけていたけれど
それでも、掴んだ手を放さずにいれば頭がなでられる。


「仕方ないな、ソウヤは」


溜め息と共に抱かかえ直されて共に寝転がる。
毛布を肩まで掛けられて、背中をぽんぽんと優しく掌がたたく。


「本当に、仕方ない奴だよ。お前は」


今日聞いたどの言葉の時よりも優しい声を聞きながら、ソウヤは眠りについた。




















その、小さな掌は眠り落ちても放されない。


「胸元の皺は目立つんだぞ」


一応文句を呟いてはみるものの、眠っている子供に届くはずもなく。
子供の体温の高さを楽しみながら仕方なく、今日はこのまま眠る事にする。
ずれた毛布を掛け直そうと指を伸ばせば、既に元通りに尖った爪。
子供どころかホムンクルスだろうが引き裂ける爪。
素敵なマスクと素敵な服を除けば、この爪以外は攻爵であった頃と何ら外見は変わらない。

寧ろ見た目の中では、この爪のみが最大の変化でもあった。

美しい色・美しいフォルム・優れた切れ味――――子供を引き取るまでは自慢になりこそすれ何の不自由も無かった。
この程度の長さであれば、女性がファッションとして付け爪で楽しむ事もある。
何より、自分にはこの上なく似合っていると思っていた。
色に合わせてネイルアートを楽しんだものだ。


けれど、ソウヤを預かってから――――それが変る事になる。


何も考えずに伸ばした指先よりも先に爪が触れ、赤い線が走った。
思っていたよりも子供の皮膚は柔らかく
慌てて指先を戻し、できる限り指の腹で触れるようにしたものの
それ以来、触れる時に傷つけはしないかとヒヤヒヤした。

それは、オムツを替えるときであったり
顔の汚れを拭ってやるときだったり
お風呂に入れるときだったり
器用さに自信はあれど、子供は思わぬ動きをする上に
ちっとも、じっとしていはくれない。

衛生面を考えて短くすれば良いのだろうが
完成形がこの身体である以上
不完全な形になった瞬間から、身体は恐ろしい速さで完全形に戻ろうとする。
お陰で昔は電動鑢で磨いていたが、今は専ら爪きりのお世話になっている。
毎日々々、ソウヤを風呂に入れる前には必ず切る様になり
今では、『風呂に入る』と言えばソウヤがいらない新聞紙を持ってくるようになった。
浴室暖房や子供用のバスチェアー、肌に優しいドライタオルに髪を傷めないドライヤー
風呂上りに子供用の保湿液を塗りこみ、水分の補給。
風呂に入る前に切った爪は、風呂を上がって髪を乾かす頃には元に戻っている。
髪の毛を洗うのは指の腹で優しく洗うのが基本だが
爪が長ければ、皮膚を切る以外に下手すれば髪を切ってしまいかねない。
それでも子供の成長は早いから
そのうち自分で洗うようにもなり、一人で風呂に入るようにもなるのだろう。

それにしても、子供というものは見ていて飽きないものだ。
こちらは退屈する暇も無い。
永い永い人生を送る自分の、多分今が一番忙しくも休息の時期であろう。


つらつらと思いに耽っていれば、胸元に擦り寄ってくる暖かな塊。


ソウヤの寝顔を見れば、自然と込み上げて来る欠伸。
もう一度抱えなおして目を閉じれば、あっと言う間に眠りに落ちていく。










外は寒さ厳しい冬の夜












けれど、二人には暖かな夜の思い出







                                   END