ドウシテ、ワタシノジャマヲスルノカシラ?
それは、自分にとって不思議でしかなかった。
誰だって、死にたくないのは当たり前でしょう?
貴女は死ねるの?
自分が生き延びる事ができるだけの『力』があるのに
それを使わずに、痩せ我慢して死んでいけるの?
知っていて?―――――偽善者って、貴女みたいな人のことを言うのよ。
蜜
巳田が餌を食べ損ねたと、報告があった。
勿論、その逃した餌については目星がついておるようで
翌日には、遅い食事が終るでしょうと、歪んだ唇は仲間の失敗を嬉しそうに語った。
失敗については、本人から直接の報告よりも速やかに知らされる――――その失敗を喜ぶ仲間から。
可愛いペットは己こそが主人寵愛を受ける為に、仲間の失敗を嬉々として報告する。
だから、本人から直接報告が無くてもある程度の状況の把握は出来た。
いつもの様に、その報告を聞いて微笑みを投げかければペットはその結果に満足する。
「それは、確かなのね」
餌は、最近目障りな雌猫
食べようとした時に邪魔が入って結局、食事は中断。
「その飛び込んで来た少女は、例え生きていたとしても、かなりの重症のはずなのね」
巳田は少女の胸を貫いた――――そして、雌猫がその少女を連れて逃げた。
それは、常人に有るまじき速さで。
『錬金の戦士』
曾曾祖父の研究日誌にあった記述を思い出す。
自分がこれから生きて行く為には、何れ倒さねばならない敵。
けれど、まだ、それを倒すだけの直接的な力が『今の』自分には無い。
「雌猫は、早めに処理しなくては駄目ね――――巻き込まれた仔猫も、可哀想だけれど」
今の自分には無いけれど、ペット達にはその力があり――――彼らには、生きの良い餌になる。
密告を受けて間もなく、巳田から連絡が入った。
『創造主にご報告を』
それは、自分達を嗅ぎまわっていた雌猫が常人では無い事
そして、食事を邪魔した仔猫の事
仔猫が落とした鞄から、身元は解っており明日にも対処するとの事。
その言葉に頷きながら、念の為に女が錬金の戦士であろう事を話しておく。
錬金の戦士は、倒されれば直ぐに補充されるから
敵を知り迎え撃つだけの準備が各自に必要―――――
そう、話せば
『それでは、皆にも申し伝えておきましょう』
恭しく頭を下げて巳田は寝室を辞す。
そして、其れが最後となった。
明日、巳田が帰ってきたら雌猫がどれくらいの強さだったのか聞いてみなくては、とそう思った。
そんな事をつらつらと考えながら眠りについた。
アシタ、ミタガ、カエッテキタラ
死に一番近いはずだった自分よりも、
化け物となり死から遠のいた巳田の方が先に死んでしまうなんて
解らないものねと、可笑しくなって嗤ってしまった。
一晩で、巳田と猿渡の消失
昼間は殆どのペットが部屋に訪れ己の手伝いをするが
夜は、鷲尾のみが警護として傍らに控える。
餌を食べに行く以外にも、ある程度は人である頃と変わらぬように自宅に帰らせねば
親などからの無用な詮索や、家出などと警察に届けられては面倒だからだ。
コトが成功するまでは、極力面倒ごとは増やさぬ方が良い。
猿渡は元々暴力団員だったし、その手下は後輩の暴走族の繋がりだった為
家に居る方が珍しく、偶に帰る程度で充分だった。
だから、オバケ工場を任せていた。
研究所として使用はしていたが、それは、音が出る作業を伴う時と目眩ましを兼ねてであり
己の知性とパソコンがあれば、ある程度は私室で充分だった。
試作品はオバケ工場に、そして本命は己の傍らに。
だから、オバケ工場を潰されても、探索されても
自分に繫がるものは何も出てこない。
あちらに目が向けられていれば、その分、時間稼ぎができる。
「そう特別、愛着がある訳では無いけれど
それでも、自分のモノを勝手に処分されるのは――――矢張り、気分は良く無いわねぇ」
今朝はあまり体調が優れず、ベッドの上で鷲尾の手をかりて上半身を起こし
身体を冷やさぬようにと肩にカーディガンを掛けられて、朝食を取っていたところに報告があった。
その報告の内容に、体調だけでなく気持ちも些か重くなり
ほぅ、と溜め息を吐いて窓を見る。
試作品とは云え、一晩で二体。
しかも、巳田は教職者だ。
猿渡と違って、行方不明になれば早い時期に捜索が始まる可能性も高い。
巳田は、銀成学園の英語の教師であり担任だった。
入学してすぐに原因不明の病気を発症した自分。
入退院を繰り返し、2回留年しても、それでも3年生になれる様に努力はした。
主に足りないのは、出席日数と体育の実技についてで成績には何ら問題は無かった。
だからこそ、自分にとっては辛かったし努力が必要だった。
どれだけ自分の居場所が無くても、教室に行かなければ出席日数として扱われないのだから。
けれどあの男は、自分に学校を辞めろと言って来たのだ。
『面倒臭いから』
あの男が面倒臭いから―――――それだけの理由で。
行く宛ての無い自分には辞める事が出来ないし、辞めるつもりも無かった。
それを、巳田は解っていて。
『自分が面倒臭いからさっさと学校を辞めろ』と薄ら笑いを貼り付けた表情で何度も言って来た。
「巳田先生。先生は私が居ると面倒臭いからと云う理由だけで、学校を辞めろと仰るのですか」
「ああ、そうだ」
「では――――-面倒臭く無くなれば、私は学校を辞めなくても良いのでしょう?」
「今更お前に何が出来る?はやく辞めりゃ良いんだよ。
どうせ学歴なんて、これからのお前には、もう必要無いだろうが」
進学も就職も関係無いだろ?――――だって、死に逝く人間に、学歴なんて必要無いんだから。
「私の事をどうするかと、先生はお考えにならなくてはいけないから面倒臭くなるんですよね」
「あぁ?」
「或る意味、今、私の事を一番考えて下さってるのは巳田先生かも知れませんわねぇ」
怒りも憎しみも無く、ただ、哀れみのみが其処にはあった。
考えなければいけないから、面倒臭くなってしまうのであれば――――もう、貴方が考える必要が無くなれば良いのですよ。
ホムンクルスに精神を奪われれば、自分で考える必要が無くなります。
だって、私の命令通りにすれば良いのですから。
鞄の中の、フラスコが揺れた。
猿渡は、ホムンクルスの材料を探しに行った帰り
夜の街を急いで帰る途中に、無理矢理ナンパをして来た。
手下と一緒に囲い込み、下卑た笑いともに伸ばしてきた手は、既にナンパを超えていて。
人気の無い狭く汚い路地裏へと追い込まれ、舌なめずりをしながらニタニタと嗤う粗野な男達。
『まず、俺様が楽しませてもらうぜ』
手馴れた態度に、今までにもこうして女を捕らえて輪姦し、適当に処分していたのであろう事が窺える。
蝶野の家にも黒服が詰めている為、頭は無く暴力のみでしか対応できない輩がいる事も良く解っている。
大変、原始的とは思うが、相手によってはそれが有効となる事も。
門番辺りには、これで充分。
怖くて俯いているのだと思った男達は
『暴れなきゃ手荒な事はしねぇよ』と腕を伸ばしてくる。
そっと鞄から取り出す小さなフラスコ
訝し気な目で私を見る男に微笑み、そして――――
パミィィィ
空になったフラスコ
跪くホムンクルス
出来はそこそこ良いかと思っていたけれど、そうでもなかったわね。
鷲尾に食事を下げさせた後、知らずシーツを握り締め溜め息が零れる。
重くなった気持ちのまま、それでも、次の手を考えねばと思考を巡らす。
戦士が消えたら補充されるように、こちらも補充しておくべきだろう。
そして、ふと気がつく。
戦士が『消えなければ』補充はされない。
数が合っていれば良いのだ――――例え、中身が変わってしまっていても。
「錬金の戦士であれば、今までに無い強さと武器を持ったホムンクルスになるわね」
今までのモノとは、全く異なる玩具が手に入るかもしれない。
そして其れが手に入れば、戦団内部を探ることも可能となる。
その考えに胸が高鳴り、心浮き立ち、自然に微笑みが浮かぶ。
「鷲尾、行きましょう」
「創造主、どちらへ?」
「勿論――――新しい、お友達を迎えによ」
すっと、手を差し出せば恭しくその手を取って『創造主の仰せのままに』と鷲尾が云う。
その仕種と敬意にある種の満足感を覚えながら、ゆっくりと立ち上がる。
アレは、猫のホムンクルスが良いわ――――そしたら少しは、可愛気もでるでしょう。
制服に着替え、携帯を持ち
誰も居ない寮を抜け出し、鷲尾を従え空へ。
あっと言う間に上がっていく高度。
胸元から、蝶々覆面を取り出してつければ、更に胸は高鳴り――――
何れ、己の力で飛ぶ様になれば、今よりももっと楽しくなるのかしら?
美しい蝶々となって羽ばたく為には、それなりの危険も努力も要するもの。
けれど、引き換えに手に入るモノの価値を考えれば、自分にとっては些細な事でしかない。
「創造主、工場から二人出てきました」
「巳田の話していた女かしら」
「高校生の女が二人
一人は見たコトも無い制服。もう一人は創造主と同じ学校の制服です」
攻撃を仕掛けるかとの問いに『友好的なアプローチをしましょう』と微笑みホムンクルスを落とす。
けれど弾かれ、攻撃に転じれば飛来する突撃槍と処刑鎌の女の二段攻撃。
その判断力と攻撃力の高さに感心するとともに、このまま一度引く事を決める。
突撃槍を投じた女の顔は遠くてあまり見えなかったが、自分と同じ制服を着ていた。
蛙井に手配し次の手を打ち、楽しい楽しい遊戯が始まる。
けれど、知らなかったの。
この時に始まったのは遊戯だけでは無くて――――別のモノが始まっていたなんて。
ねぇ、あの時の味わった痛み、苦しみ、絶望
それらを招いた不治の病
曾曾祖父の研究日誌
ホムンクルスと錬金術の歴史
黒い核鉄―――百年前の悲劇
全て、私が貴女と出会うためだけに、運命が用意したモノだったって今なら解るの。
其れはとても血生臭く、残酷なモノ特有の甘さと狂おしさを互いに齎すけれど
其れを知らぬ不幸に比べたら、どれだけ幸せな事か。
――――――これほど幸せな恋を、私は知らない。
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