どうして、こうも愛おしく想うのか。

秋は、人肌が恋しくなる。
どうしようもなく、想い人に会いたくなり
会えば、触れたくなる。
どれだけのファンが出来ようが、
どれだけの愛を注がれようが
自分から触れたくなるのは、ただ一人だけ。







ある、秋の日








学校の屋上は、日当たりが良くてぬくぬくと、これまた日向ぼっこ日和だった。
そこには、当然の様に学生の群れが昼食を取っていた。
それは、いつもの風景で
いつも通りに騒ぎながら食べて
いつも通りに食べ終わればおやつまで出てきて
鐘が鳴ると、慌てて教室に駆けて行く。
その後ろ姿を見れただけで、良かった。


蝶野 攻爵であった時、もし、あの輪の中に居たら
そうしたら、少しは違っていたのだろうか?


そんな考えがパピヨンの頭の中を過るも、思わず失笑が漏れる。

ありえないのだ。
蝶野 攻爵が、あの輪に入る事など。
どう考えても、攻爵であれば『馬鹿の集団』と、見下すだけで終ったであろう。
発病しなかったら、出会うことすら無かった。
今、こうしてあの姿を見ている事も無かった。




ガチャン



屋上の扉が開く。
既に、授業が始まるであろう時間に屋上の扉が開く事等、稀だ。


「あ、やっぱり」

けれど、開けた本人―――― 武藤 カズキ が近寄ってくる。

「さっき、何となく近くに居る気がしたんだ」

それだけ言うと、壁に寄りかかり座る。

「何だ、サボりか?」

嗤いながら言えば、気に掛けた風も無く

「や、天気良いしさ
 あ、お前もそこに立ってると、グランドから丸見えだから」

そう云って手招かれる。
別に、自分は飛び立ってしまえば良いのだが、今日は時間もある。
隣に座れば、表面がざらざらとした、程よく暖められた壁が背中に当たる。
『もう少しつめてつめて』といざられ座り位置が決まると
武藤 カズキの腕が、自分の腕に触れる。


だが、それだけだ。


ただ、黙って
二人―――座っているだけ。
眠るでもなく、話すでもなく。
いつもの憎まれ口も、軽口も、何も無く。

雲が流れ、グラウンドから生徒達の声がする。

耳を澄ませば、下の階で英語の授業をしているのも聞こえてくる。
音楽の笛の音、教師の声、生徒の掛け声。
学生であれば、当たり前に周囲に溢れている音。



この『雑音』を、こんな安らかな気持ちで聞いたのは――――初めてだ。



超人になったばかりの頃は、この雑音に苛立った。
生徒達の声が、教師の声が、笑い声が――――全て、自分をせせら笑う声にしか聞こえなかった。
超人に生まれ変わっても、変わらない世界に苛立ち
一度燃やし尽くして、自分に心地好い世界を造るのがベストだと
ひきこもるのは、もうごめんだと足掻いていた。



『あぁ、そうか』



武藤 カズキと決着をつけた時――――あの時、自分は、蝶人に孵化したのだ。
それまでは
ただ、ホムンクルスになっただけ
だた、超人になっただけ
それでは、駄目だったのだ。
芋虫から蛹になっただけで、まだ、美しく羽ばたく蝶に成っていなかったのだ。

美しく羽ばたく蝶は、世界がどうであれ、その美しさは変わらない。
世界は変わらなかった。
けれど、自分は変わった。


―――――武藤 カズキによって、変えられた。


そして得たモノを考える。
それは、恐ろしく沢山のモノで、ナクシタモノと比べ何と重い事か。
ナクシタモノも、決して軽い訳ではなかった。
今なら、それも理解できる。
一人の時間は多くなったけれど、独りでは無い。
もし、自分が間違った道を歩めば、命を掛けて止めに来る存在がいる事の喜び。
その存在が自分を蝶人にし、解き放ち――――それでいて、人の世界に留める。




「そろそろ、行かんでも良いのか……待っているようだが?」

扉の向うで、ずっと、佇む気配。

「なぁ、パピヨン。次は、皆が居る時でも降りてこいよ」

問いに答えず、暢気に自分の袖を引っ張る。

「昼飯だったら分けれるし、皆は別にお前が飛んできても、喜ぶだけだ」
「……気が向けばな」

立ち上がり、埃を払いながら答える。
つられるように立ち上がった武藤 カズキは、埃を払い大きく伸びをすると、いきなり俺の腕を引く。
大きく上半身が傾き、何のつもりだと怒鳴る直前


「もう、寒くない?」


覗き込んでくる、真剣な瞳。


今日は、何となく、寒かった。
それは別に、大した寒さでは無かったけれど。
それでも、自分の今日の予定を変えて
昼休みが終る直前に、屋上に居るであろうその姿を見に来てしまう程度には、寒かった。
気が付かれていたのかと、驚く。
それが、嬉しく面映くもあり悔しくもあり――――やっぱり、悔しさの方が大きいので


思い切り腕を引き返し。その身体を想う存分の力で抱きしめる。


「これで、寒くなくなった」


今は、これだけで我慢してやる。
もう少し、寒い季節になったら覚えてろ。


「次の授業は、真面目に受けろよ?」

手を放して飛び立てば、慌てて振り返った武藤 カズキの赤い顔。

心地よい陽射しと風の中、優雅に舞う。
――――もう、寒さはどこにも感じなかった。










「お人よしだな、君は」

扉を開ければ、呆れた顔の斗貴子さんが壁に寄りかかって待っていた。
「斗貴子さんも、心配だったんだろ?」
そう問えば、顔を赤くして殴られる。
「解っているなら!」
「だって、斗貴子さんもパピヨンの心配してたみたいだし」
「私の心配は、君のとは違い、アイツが何かしでかさないかの心配だっっ!!!」
「あいたたっ!!斗貴子さん!ストップ!!ストップ!!!」

恥ずかしがって暴力を振るう斗貴子さんは、とても可愛い。
そう言うと、更に怒られるから言えないけれど本当に可愛い。
俺の心配をしてくれてる斗貴子さんが、大好きだ。
俺の最愛の人――――それは、間違いない。
けれど、パピヨン―――蝶野 攻爵の存在は、俺の中で間違いなく特別な存在で。
パピヨンの寂しさを感じ取ってしまうと、どうしようもなく温めたくなる自分が居る。

俺もパピヨンも、斗貴子さんに甘えすぎだよな

申し訳なく想うけれど、俺とパピヨンと斗貴子さんはずっとずっと
多分、このまま腐れ縁と言うには、あまりにも濃すぎる繋がりを持ち続けるだろう。


「次の授業が始まる、行くぞ、カズキ」


赤い顔をして、差し出された斗貴子さんの手。
その手をとって、教室に向う。






人肌の恋しくなる季節――――ある、秋の日







                                   END