漸く一歩進んだけれど
それは本当に小さな一歩で
不満かと言われれば、そうかもしれないし――――実は、そうでもないかも知れない。
何しろ、進んだ一歩は大きかった。
けれど、一歩進んだだけでゴールなんて
そんな都合の良い話は無くて
次の二歩目に進みたいというか進めたいのは勿論で。
だけど、二歩目を踏み出すには―――――――どうすれば良いのか解らない。
一歩進んでその後は
まず、今の状態と状況の確認をしておこうと思って
振り返りたくないけれど、振り返ってみた自分達の関係。
出会ってから――――保護者と被保護者
扶養家族とかとも言うらしい。
告白してから―――――恋人
今迄の関係+αである。
養ってもらうと云うのは、つまり生活を見て貰うと言う事で
衣食住は間違いなく三蔵が与えてくれている。
で、今までだと
『親子』
と云う関係に一番近かった訳で。
……恋人?
ここが、大問題なのである。
何と言うか、頑張って告白して自分達の関係に新たなる名前をつけた。
ここ迄は、よし。
しかし、である。
ここからが問題で――――今までとの、違いが、あんまりない。
ちょこっと、違いがあるとしたら
何だか気恥ずかしくて自分からは、三蔵に触る事が出来なくなってしまった事。
それから、三蔵が触ってくれる様になった事。
触ってくれるのが嬉しいのに、触られると緊張して体がカチコチになっちゃう事。
―――――これが、問題で。
その度に、三蔵が溜め息を吐きながら背中を宥めてくれたり
頭を撫でてくれたりして
つまり、先に進まない。
それが、ちょっと哀しい。
三蔵が自分を大事にしてくれているのは、解ってる。
体が緊張しちゃうのも、俺。
だから、悪いのも、俺―――――
だけどやっぱり―――――勢いって、大事だと思う。
少しくらい、強引に、してくれてもよいのに。
なんて、思ってしまったりするのだけれども実際はどうにもこうにも恥かしくて
いやだってあの顔が間近にあって目なんか覗き込まれてじっとなんていうかこう熱いっていうか
熱のこもった目って言うかあんだけ近くで見つめてきても綺麗なのって反則だと思うし
逆に自分の顔をあんだけ近くで見られたらものすっっっごく恥かしいしっていうか恥かしいの通り越して
振り払って殴り倒して逃げを打ちたくなるのも仕方ないと思うし
だけど三蔵にそんな事できないし出来ないけどあんな事をするならもっと凄い事になるって気がついちゃったし
それでもどうしようもなく触りたかったり触られたかったりしちゃうし
頑張って触りにいくのに上手く触れないと悲しいけど触られたら身体はかたくなるし
顔は赤くなるし猿だってからかわれるし呆れたようなそれでいて楽しそうな表情するし
三蔵のそんな表情にどきどきするしほっぺとかぷにってつままれるとそれこそうれし恥かしくて
あばれたくなるしでもあばれたらあばれたで三蔵の指先が離れちゃってさびしいし
でもどきどきがとまるとほっとするしでもやっぱり触っててほしくて仕方ないし
「―――――やっぱり、三蔵が、悪い」
「―――――そりゃ、悪かったな」
ガバリと身を起せば、呆れた顔の三蔵が背後に居て
「息継ぎせずに苦しくないのか?猿じゃなくてエラ呼吸する魚かお前は」
バッサリと言われて撃沈。
「〜〜〜〜〜〜〜……声、出てた?」
「丸聞こえだったな」
ふぅ、と煙を口から吐きながら答えられている事は解るけど、振り向けない。
テーブルに懐いたままの俺の背中が、あやす様にぽんぽん、と三蔵の手が触れる。
「飯」
「行く!!」
慌てて立ち上がれば
まるで待ち構えていたかのように、三蔵に抱きこまれて
軽く触れたのは
「茹でざる――――エラ呼吸する魚なら金魚か鯛か?」
多分どころか確実に、真っ赤になった俺を揶揄する声が耳元で聞こえる。
悔しくて、でも、嬉しくて
でも、やっぱり悔しいから
法衣の襟元をぎゅっと掴み、驚く三蔵に精一杯背伸びして
キスをすると言うよりは
「――――ぶつかって来るとは、ある意味お前らしいが」
一瞬だけど、初めて自分からしたキス
厚い唇は柔らかくて、ちょっと、歯がぶつかって硬さもあって。
「下手糞――――でも、悪かねぇ」
口の端を上げて言う三蔵の、その余裕が悔しくて
いっぱいいっぱいな自分は、何時の間にか回された背中の手に気がつかず
今までに無いくらい、強い力で引き寄せられて合わせられる唇。
「〜〜〜んん……は、ぁ」
重ねられた唇を抉じ開けて、入ってきた物が三蔵の舌だと気がついたのは
唇が外されてへたりこんだ後。
「次は、コレくらい仕掛けて来いよ」
腰の抜けた俺の頭をぽんぽんとあやして、部屋を出て行った三蔵。
部屋に残されたのは
ご飯どころか、暫くは立ち上がる事も顔を上げることもできず膝を抱えた俺。
「―――――――――やっぱ、さんぞーが、わるい」
漸く出せた声は、自分でも解るほど甘くて
「はら、へってんのに〜〜〜〜〜〜」
暫くは、多分何も喉を通らない。
唇と、舌先の感触が生々しくて
でも、この感触を忘れたくなくて
「三蔵なんて、俺を心配すればイイんだ!!」
負け惜しみにしか聞こえない、そんな憎まれ口が精一杯で悔しいけれど
半歩どころか数センチも進んで無いかもしれないけれど
それでも、恋人って関係で間違いないと思えた
そんな、安心感と生々しさと
物凄く、胸がいっぱいで――――――でも、腹が減ったまま過ごした半歩目の夜。
END