最近―――と、言うか
以前からも『触りたいな』と、思うことはあったけれど

以前とはどうしようもなく、違った意味で、三蔵に、触りたくなる時がある。
それは本当に唐突で、身体の奥底から『ぐわあぁぁっっ!!』と、込上げてくる。
三蔵に告白する前にもあったけど、告白した後は、今までの回数と比べ物にならない。
だけど、そう思っても困った事に
告白する前みたいに、無邪気に背中から抱きついたり、腕に飛びついたり
そんな、今まで簡単にできた事が、出来なくなった。

『自然に、そういう雰囲気になる時がそのうちあるだろう』

―――――それは、いつ、なるのだろう。







 多分、それは蜜月







夕餉も終わりまったりと過ごす、悟空にとっては一番の楽しみだった『二人きりの貴重な時間』
お茶を入れて飲んだり、たまに、肩を揉んだり
新聞や本を読む三蔵に、今日あった出来事を話したり
解らない事、知りたい事を質問して教えてもらったり
そんな、二人の時間を楽しんできたのに

あの日から、どうにも、上手くいかない。

以前の様に喋りかけたりするのだが、妙に緊張してしまい
訳の解らない話をしてしまったり、目を逸らしてしまったり、顔がすぐに赤くなったり
挙句の果てに、泣きたくなってしまうのだ。

それだけでも、困る事、この上ない。

なのに、更に困る事態が発生している。
それは、嬉しいことでもあるのだけれど、やっぱり困ってしまっている自分に悟空は困っている。






以前と変わったのは、勿論、悟空だけでは無かった。






三蔵は、今までに無く機嫌の良い日が続いていた。
悟空が、おろおろと困っているのが、面白い。

あの日から、見た目は、普段どおりの日々が続いている。
けれど、三蔵と二人きりになった途端。
じっと、タイミングを見計らうように三蔵の様子を見続けて、でも、結局タイミングを計りきれず
溜め息をついた後、下を向いて、自分の手を見つめている悟空を何度も見るようになった。
それは、もう

『目は口ほどに、ものを言う』

この言葉を半紙に書いて、悟空の背中にべったりと貼り付けてやりたいくらいに解りやすい。
必死すぎる視線や、一々こちらの気配を窺っては、にじにじとにじりより
にじりよって手を伸ばそうとして、そのタイミングが掴めずに下ろされる手。


実は、ここに、悟空の知らない事実がある。


悟空が三蔵を窺うように、三蔵も悟空の様子を窺っていた。
あまりに分かりやすくバレバレな行動に、三蔵はちょっとした仕返しを思いついた。
触りたいのに、触れないのは悔しかろう。
しかも、今までの様に無邪気に飛びついてくる事が出来ないのだから
元々、そう多くは無かった『悟空が三蔵に触れる回数』が更に激減。
そして、触れるのに失敗する度に浮かべられる、情けない表情を見るたびに楽しくなっていた。
そして、何の仕返しか、と問われれば正直―――――あまりにも、子供っぽい感情ではあるのであるが
悟空の恋心に気がつけなかったばかりに、酷い目に合った事に対する意趣晴らし。





つまり『逆恨み』―――――――もしくは、逆切れ。





ある意味、自業自得でもあるのだが
三蔵本人には、そんな都合の悪い事なぞ頭の片隅にも残っていない。
ついでに言えば、認めたくない事実でも認めた後の開き直りっぷりは、清々しい程である。
最初は、悟空が触ろうとしているのを、さも、偶然を装って阻止していたのだ。
それは、後ろからそっと袖を引いて、三蔵を振り向かせようとしているのを
三蔵の袖に悟空の指先が触れる前に振り向いたり
にじり寄ってきた悟空に気がつかない振りをして、席から立って新聞や本を取りに行ったりと
そんな事をくり返しているうちに、どんどんエスカレートして行き
現在、悟空から三蔵に触れる事は滅多に無くなった。

悟空が勇気を出して告白して、気持ちも一応は、通じ合い。

その後がこれでは、どう見ても嫌がらせである。

それでも、自分を想って困る悟空のその表情に、三蔵はどうしようも無いほどの嬉しさを感じる。
趣味が悪いと言われれば、其れまでかも知れないが、どうにも、止められない。
しかし、あまりにも続けば、勿論、悟空は元気が無くなってしまい
困っているだけでは無く、哀しげな瞳の色となり更に辛そうに歪むのだ。
そうなってしまうと、今度は三蔵の胸の内に、どっと後悔の念が襲い掛かってくる。
それは、もう、どうしようもなく辛く、苦しく、切ない想いに満たされ
この純粋で、稀有な魂の持ち主である少年に、こんな表情を浮かべさせるのは、どこのどいつだ!!と
『そんな表情をさせているのは自分』と言う事実を忘れて、怒りすら浮かんで来るのだ。
こうなると、もう、駄目だった。
三蔵の身体は勝手に悟空の手を捕まえ引き寄せて、これでもか!!と、言う位の強さで抱き締めてしまう。
そして、腕の中でかちこちに固まった悟空の顔を見れば、
先程とは違った理由で目が潤み、紅くなり、恥じらいに染まる。
それを見て、ほっとして、更に口元が緩む三蔵。



―――――ここ迄くると、只単なる馬鹿である。



大体にして、悟空が触ってこなければ
三蔵と悟空が触れ合う事は、今までだって、殆ど無かったのである。
見た目だとか地位だとかをすっぱり考えなければ、只の、健康な青年である。
開き直ってさえしまえば、勿論、アチラの欲求だって出てくる。
目下、この状況を充分に楽しんでいる三蔵にも、困っている事が一つ。
今の悟空に、抱きしめる以上の行為をするのは、ちょっと、どうかと思うのだ。
腕の中で恥らいながら、かちこちに固まる悟空。
保護欲を掻きたてられるその姿に、思わず、出しかけた手が止まってしまうのだ。
三蔵にとっては、楽しいけれど、生殺し――――そんな状況が続いている。













悟空が、どうしようかとぐるぐるしていると、以前は、頭をぽんぽんと撫でてくれたりしたのだが、
今はまったく違って、思い切り引き寄せられて気がついたら三蔵の腕の中に居る。
がっちりと抱き締められて、三蔵の息とか匂いとかが、これ以上に無いくらいに近いところにある。





『今日はこれで、我慢しろ―――キスは、次回の楽しみにしてろ』





そんな、三蔵の言葉が思い出される度に、悟空の身体は、じたじたしたくなる。
本当に、いっそあの夜――――まだ、知識しか無かったあの時に
勢いで一気に進んでしまった方が、良かった気がするくらいに、何もかもがもどかしい。
一気に終ってしまっていれば、こんな面映く恥ずかしい感情が、延々と続く事は無かった様な気がする。
それでも、今の状況は困るけれど嫌ではないのだ。
想いが通じてから、悟空が三蔵に触る機会が減った代わりに
三蔵から悟空に触れてくる事が、物凄く増えたのだから――――実は、物凄く嬉しい。
身体がカチコチになってしまうし、息苦しさは相変わらずだけれど
それでも、三蔵は抱きしめてくれる。
でも、それだけで、その先に進まないのである。
そして、それは多分自分に問題があるのだと、悟空は解っている。
身体の緊張が半端無いのだ。
これだけガチガチになってしまっては、三蔵も手を出しにくいだろうし
何よりもこんな状態で『自然にそういう雰囲気』には、なれない。

これでは、駄目だと思う。

何か、しなければ。


そう、思う悟空は頑張った。
抱き締められているだけでは無く、抱き締め返したい。
だから、必死に動かない手を動かして三蔵の身体に回す。
その背中にぎゅっとしがみ付き、ぐりぐりと頭をこすり付ける。





その行動が、仕種が、更に三蔵の庇護欲を掻きたててしまうとも知らずに。





三蔵の胸に頭をこすりつける姿が、小動物のマーキングにしか見えない。
どうしたものかと、三蔵は思う。
その頭に手を置いて、抱き締めながら髪を梳く。
その後、子供を寝付かせるように抱き上げ、ぽんぽんと背中を叩く。
若干、身体の硬直が解けていったので
身体をゆっくりゆらしてやったりしていると、段々、悟空が重くなっていく。
『しまった』と思い横抱きに抱えなおせば、やはり、ぐっすりと眠り込んでしまった小猿が一匹。
極度の緊張が悟空の体力を奪ったのか、それは気持ち良さそうに落ちていた。


これじゃ、益々、手がださねぇ


三蔵は、溜め息を吐きつつ寝台に悟空を転がす。
が、『コレくらいは許されるだろう』と、自分の寝台へだ。
寒くなってきているので、悟空の体温は自分にとってとてもありがたい。
しかし、あの夜以降
三蔵の寝台に、悟空が潜り込んでくる事は無くなっていた。


今夜は、冷え込みそうだからな。


そんな言い訳を、誰にとも無く呟きながら、転がる悟空の横に横たわり毛布を上から被る。
先達ては布越しで抱きしめて寝たのだが、今夜は直接、悟空を抱きしめ一枚の毛布に包まって寝る。
翌朝、悟空がどんな反応をするのかが非常に楽しみな三蔵であった。




一緒に寝る=添い寝 




そんな関係が変わるのには、もう少しだけ時間が必要となる









                                   END