見たくない事実を突きつけられ、無駄な抵抗と言われれば其れまでかもしれないが
それでも自分にとって
その一歩を踏み出すまでには、何もかもが必要なことだったんだ。
キマジメナ アナタ
『受けて立つ』
雄々しく言い切られて、どうすれば良いと言うのかと三蔵は呆然としていた。
悟空は何かの勝負事と、間違えているのではないのだろうか。
「三蔵、俺、じいちゃんから色々話を聞いて知ったんだけど
男同士って、きちんと気をつけないと、大怪我したり病気を起したりするんだって。
だって、女の人と身体の作りが違うし、その、あのさ……挿れる場所が、場所じゃん?」
真っ赤な顔して、どもりながら喋る姿は子供にしか見えないけれど
「身体に害の無い油使わなきゃいけないし、チ、チョクチョウ??って所から
直接色んなものが吸収されたり、水分が逆流するわけだから、腹がくだることもあるんだって。
できれば、最初は、な、生は良くなくて、こ、コンドーム?はつけておいた方が、身体は楽だって言ってたし
む、無理矢理突っ込んで、カ、カツヤクキン??って筋肉が切れたりとかしたら
垂れ流しになって、栓とかおむつとか、手術とかが必要になるって、教えてもらったんだ」
発言内容が生々しすぎて、泣けてくる。
「それでさ、三蔵は、どんなに強くても人間じゃん?
俺と違って仕事もあるし、怪我したら治るのにも時間掛かるけど
俺は回復力速いし、仕事もしてないし……そ、それに何より初めてな事だらけだから
技術とかないし、知識があったって、実際のとは違うだろうし
もし、俺が三蔵を抱いたら力加減とかできずに、興奮して、壊しちゃったら困るから
だから、俺が抱かれる側になった方が、良いと思うんだ!!」
誰が、何を壊してしまったらそれが困るとか、
どうして、まだ、付き合うかどうかも決まる前から、役割の話になっているのだろうとか
明日早急に、どこまでの知識をこの猿に植え付けたのかを大僧正と河童と八戒への確認が必要だとか
三蔵の頭の中は、これ以上無いほどに混乱していた。
正直、出来れば今すぐにでも、寝てしまいたかった。
けれど、この話しにきちんと蹴りがつくまでは、恐ろしくて倒れる事すらできない。
しかも悟空は、こうなる状況を見越して、風呂を終らせてる可能性もある。
そりゃ、身体の関係を持つなら、衛生面でも風呂に入った後が良いだろうな。
要らん気遣いに、三蔵はもう、脱力感しか感じない。
真っ赤な顔して一生懸命に話す悟空。
もじもじと上着の裾を弄ったり、ズボンを握ったりと恥らう姿は非常に愛らしい。
その、言葉が聞こえてこなければ、ではあるが。
三蔵は、大きく溜め息をつくと覚悟を決める。
「悟空」
悟空を落ち着かせる為にも、その名前を丁寧に呼んでやる。
思ったとおりに、悟空は口を閉じて、じっと三蔵の言葉を待つ。
「お前の話は解った。
だが、今すぐSEXをするかと言われれば、それは、できない」
悟空の顔が、一瞬色を失う。
「俺は、自分でも気がつかない内に、お前に『性についての知識』を与えなかった。
お前の年齢を考えれば、それはおかしな事だったのにな―――どうやら俺は、お前に、子供のままで居て欲しかったようだ。
子供のお前が、俺の傍にいて当たり前なこの状況が、俺にとって、思ったより居心地が良かったんだ。
だが、今までそれを考えた事は無かった。
今日お前と話し、お前に言われて、改めて考えてみれば―――確かに俺は、お前の事が好きなんだろう、と思う」
見開いたまま硬直していた悟空の瞳から、ポロリと一粒の涙が零れる。その涙を、三蔵は綺麗だと思った。
「思い出してみれば、今まで俺に告白してきた男は、全てその場で叩きのめしてきた。
女に告白されても、嫌悪感しか残らなかった。
お前に対しては、告白を聞いた後でも、別に気持ち悪さも嫌悪感も感じない。
只それは、お前の気持ちを聞いて、お前の考えを聞いて、お前に言われて、たった今、その事に気がついたばかりなんだ」
悟空は、はぁっと大きく息を吐いた。
「もう少しだけ、時間を寄越せ」
「……どれくらい?」
「それは、解らん。が、自分の気持ちに気がついた後は、そんなに手間は掛からんだろう」
「その間に、したくなったらどうするの?」
「俺は滅多に女も買わなきゃ、外に稚児もいねぇ。
別の寺院に仕事に行った時に用意されたとしても、そんな後が面倒そうな奴らに手はつけん」
「道具とかで、我慢するの?」
「……道具からは、離れろ。お前が心配してる、他所の人間相手に処理はしねぇよ」
「……ごめん」
「自然に、そういう雰囲気になる時がそのうちあるだろう」
「うん」
「俺は恋愛なんざ、した事がねぇからな」
「俺も」
「だから、お前が思っている形とは異なるかもしれないし、世間一般の形とも異なるだろうな」
「それは、別に良いよ、でも」
「でも?」
「ちょっとだけ……物足りない、かも」
三蔵は立ち上がって、悟空の腕を引っ張る。
抵抗される事無く、すっぽりと腕の中に納めてみると、昔より身体が大きくなっている事を実感する。
恥ずかしいので、自分の肩口に悟空の頭を片手で押さえつけ
もう片方の手を腰に回し、力を入れて抱き寄せる。
ふと見れば、耳が真っ赤になっていて、それを『可愛い』と思う。
しばらくそのままで居ると、おっかなびっくりと云った感じで
三蔵の背中と腰に悟空の手が回り、同じ様に抱き返される。
真っ赤になった悟空が、どんな顔をしてるかは想像がつくのに、その表情を見てみたいと思った。
―――けれど
今、多分、自分の顔も赤いだろう。それを見られるのが癪に障って、悟空の顔が見れない。
悟空を抱き寄せた時から、自分の鼓動がいつもより早くなっていた。
同じ石鹸やシャンプーの香りのはずなのに、悟空のうなじからは甘やかな匂いがする。
抱き心地や匂いを堪能した後、三蔵は悟空の耳に唇を近づけ
「今日はこれで、我慢しろ―――キスは、次回の楽しみにしてろ」
態と息を送り込むように囁くと、悟空の身体がびくりと震え指先に力が入り
肩口に伝わる振動で、必死に首を縦に振っているのが解る。
そして、ゆっくり回した腕を解くと、悟空はその場にずるずるとへたり込んだ。
三蔵を見上げる悟空の顔は真っ赤なままで、瞳は潤み、口は半開きで必死に息をしている。
その頭を、ぽんぽんと撫でてやり
「電気消すぞ」
そう伝えれば、慌てて立ち上がり、二つ並んだ寝台の片方へと向う。
上掛けを剥ぎ取り包まるのを見た後に、電気を消す。
三蔵もジーンズを脱ぎ捨て夜着に着替え、寝台に横たわると、
すぐ隣の寝台の上の山が、未だ緊張したままなのが伝わってくる。
『知識で知っているのと実際は違う』
悟空自身が、そう言ったのだ。
三蔵も、確かにそうだと思う。実際の経験をする迄は、何事にも余裕で構えていられる事が多い。
しかし、実際その場になってみて、初めて解る事の何と多い事か。
悟空は、まさに今、その経験をしているのであろう。
あれだけの知識があっても、それは、経験ではない。
抱擁だけで、ここまで緊張するのであれば、後は推して知るべし。
じっと見ていると、気配に敏感な悟空の緊張は更に強くなり
一日振り回された三蔵は、漸く、溜飲が下がる。
暫く、見ていたが、視線を外して目を閉じる。
すると、悟空が動く気配がして、今度はじっと此方が見つめられる。
けれど、悟空の視線に慣れている三蔵には、そんなに気になるものでは無い。
寧ろ、悔しさが滲み出た視線に笑いそうになる。
そのまま、知らん顔で瞳を閉じたままで居れば、ごそごそと寝位置を決める音が聞こえ、悟空の緊張感が和らいだ。
『はぁ』
大きく吐かれた息に、三蔵の悪戯心が動き出す。
今日は、こいつの所為で散々な思いをしたんだから、少しぐらい仕返しした処で悪くはあるまい。
身体を起して悟空を見れば、三蔵が動いた気配を察して、また、頭ごと布の中に隠れ身体を丸め息を殺している。
顔が見れないのは残念だが、その反応だけで充分、楽しめた。
寝台は殆どくっつくように並べられている為、昔から、寒い日などは、よく、悟空が自分にくっついてきた。
自分も、子供体温の悟空の体温が丁度良く、朝目が覚めると、抱かかえるようにしている事が良くあった。
夏も終わり、少し、肌寒さを感じ始める秋の夜。
三蔵は、布を巻きつけて丸まっている小猿の身体の下へ、両手を差込み
荷物の様に持ち上げ、自分の寝台へ投げ落とす。
そして、その塊の横に横たわれば、じんわりと暖かな体温が伝わってくる。
―――これで、気持ちよく寝られそうだ。
本当なら、枕代わりに頭の下にでも敷いてやろうかとも思ったのだが
寝返りでもうたれたら、自分の首を痛めかねない。
―――あぁ、そう言えば『抱き枕』ってのもあるな。
三蔵が横向きになり、塊に手を伸ばして引き寄せ抱かかえてみると
一度大きく抱き枕が跳ねたが、その後、カチコチに固まった。
その内、柔らかくなるだろうと三蔵は目を閉じ、その温かさを堪能しながら眠りに落ちた。
寝台に潜り込んで、漸く落ち着けたと思ったのに
三蔵がいきなり起き上がると、自分の身体がいきなり放り投げられた。
自分が緊張してぐるぐるしている間に、三蔵が横で寝に入っていた。
しかも、いきなり此方に向くと、三蔵の手が自分を引き寄せてあの腕の中に閉じ込められる。
ごめんっっ!!許してっっ!!!
心の中の叫びは届かないまま、三蔵は寝息を立て始めた。
三蔵は気がついているのかいないのか、三蔵の顔のすぐ近くに布を挟んだ自分の顔があったのだ。
寝息が掛かるのも、三蔵の、煙草と体臭の混ざった匂いとかがくすぐったくて
今まで気にしてなかった事が、物凄く気になった。
自分の吐息が三蔵に掛かる事すら気に掛かり、息が苦しくなってくる。
その上、三蔵の口から偶に漏れ聞こえる『ん、』て声とか『はぁ……』って深い息を吐かれる度に
三蔵の声が良すぎて、吐息が艶っぽ過ぎて、全身に走る震えが我慢できない。
緊張して身体は動かせず、全身に汗がだらだらと流れ、心臓が口から飛び出しそうで
眠れねぇっっ!!!!!
少しでも寝ておきたいのに、どんどん全身が研ぎ澄まされて、眠れなくなっていく。
俺、今まで良く、三蔵の横に潜り込んで、しがみ付いて、ぐっすり寝ることができたよな……
やっぱり、自分の中の三蔵の位置が変わってしまったんだなぁ……
できれば、勢いで今夜一線を越えて貰う予定だったのだけれど
自分がどれだけ無謀な行動に出てしまっていたのかを、今はただ、痛感せざるを得ない。
悟空はそんな事を考えながら、何とか気を逸らして、この状況に慣れようと頑張っていたのだが
三蔵の手が、顔が、足が、布越しに触れる度に身体が強張り緊張し、時間だけがどんどん過ぎて行く。
―――そして、極めつけは朝方。
朝方は、どうしても冷え込み始める。
もう、夏も終わり初秋。
しかも、悪い事に―――悟空は知らなかったが―――その日の朝は、この秋最初に冷え込んだ朝だった。
三蔵は結構な寒がりで。寒くなると寝台の中の冷たさが堪えたらしかった。
それを理由によく悟空は、三蔵の寝台に潜り込み一緒に寝たりしていたのだが
冷え込んで来ると、寝ている三蔵は温かさを求めて、悟空をしっかり抱きこんで寝ることが多かった。
そして、今も――――冷え込んできた三蔵は、抱えていた悟空をしっかりと抱き締め直した。
しかも、三蔵は抱き枕を抱くように、足まで絡めてきたのだ。
ただでさえ、ガチガチになっていた悟空ではあったが、
とうとう、全身が以上硬くなれないくらいに硬直したまま、まんじりともしないまま朝を迎える破目となった。
翌朝、ぬくぬくとした温もりの中、気持ちよく目を覚ました三蔵は
寝台から起き上がり着替えた後、普段は悟空を起してやる事など滅多にないのに
嫌がらせの一環で、起して反応を見てやろうと、今も頭まで掛かっている布を引っ張った。
まさか
「……一睡もできなかったのか」
その答えは、無言で『コクコク』と縦に振られる首のみで。
掛け布を取り払い、寝ている悟空に『起きろ』と言うつもりだった三蔵は
真っ赤な顔して瞳を潤ませ、硬直したままの悟空と目が合った。
あまりの事に、暫しどうして良いか解らず。
良く見れば赤過ぎる顔に驚き、額に手を当てようとすると
三蔵が手が伸ばしただけで、ビクリと悟空の身体が跳ねる。
構わずゆっくり額に触れれば、やはり熱があり、慌てて置き薬と水を取りに行く。
脱水症状も起きてる可能性がある為、大目の水を用意して悟空の元へ運ぶ。
「普段、頭を使わないお前が悩んだり考えたりしたから、知恵熱でも出たんだろ」
薬を飲ませるため、上体を起させたが、肩がカチコチに固まり過ぎてて、悟空の動きはロボットの様になっていた。
水分を充分に飲ませた後、
「今日は、大人しく寝てろ」
そう言い付けて、寝かしつける。
本当は今、新しいパジャマに着替えさせたいが、
自分が手を貸しての着替えなんぞ、できんだろうなと笑えてくる。
仕方がないので着替えを出しておく。
「後で、起きたら一度これに着替えておけ。昼頃に様子は見に来るが、食事は適当な時間に運んで置く」
やはり『コクコク』と首を振っている悟空。
先程よりは、若干赤みの引いた顔に、三蔵は柄でもなくほっとする。
悟空の口の端から顎にかけて、先程飲んだ水の跡があるのに気がつき
親指で拭ってやり、そのまま濡れた親指の先を己の舌で舐め取り
肩まで掛け布をかけてやった後に、部屋を出る。
執務室へ向いながら三蔵は『暫くの間、手は出せないな』と、溜め息をついた。
三蔵が、溜め息を吐いていた頃――――――悟空は、寝台の上で気絶していた。
抱擁から解かれ、薬と水を飲み、ようやく、少しだけ落ち着けた悟空ではあったのだが
最後の最後に、悟空の唇の端から顎迄の水跡に気がついた三蔵が
親指を滑らせ水を拭った後に、自然に口元に持っていき
三蔵の紅い舌先が、その親指を舐めるのを見た瞬間に
悟空の血の温度は急激に上がり、身体がまるで沸騰したように熱くなり―――そのまま、意識が途切れた。
お昼を過ぎた頃、八戒が人の良い笑顔で、三段重ねの重箱に赤飯を詰めて三蔵の元へとやってきた。
三蔵が、八戒に悟空が寺院にいる事を希望している旨を話すと
「寺院では無くて、三蔵、貴方の居る場所を悟空は自分の居場所に決めたんでしょう」
『実は、僕達、振られてますから』と、笑う八戒。
悟浄は一緒じゃないのかと尋ねれば
今日は、珍しく朝早くから出掛けてます、とにこにこと返される―――ようは、逃げたのだ。
「悟空の具合はどうですか?お赤飯、食べられますかねぇ」
最初から、今日は完全に悟空の具合が悪いものと、決め付けて話しを持って来る八戒を
苦々しくは思うものの、現実に悟空は臥せっている為、反論はできない。
「そろそろ一度、起しても良い頃だ。会いたきゃ部屋に行って来い」
「そうですねぇ。ちょっと、具合見てきましょうか?ついでに、お昼にしましょう。
三蔵もそろそろお昼でしょ?少し休憩して、一緒に食べませんか?」
「……もう少ししたら、切りがつく。先に悟空に食べさせてろ」
いそいそと、八戒は重箱を持って執務室を出て行った。
三蔵は八戒が居なくなった後、手元の書類を何枚か片付け、休憩を取る事を小坊主につげ私室へと向う。
私室の扉を開けると、テーブルの上には赤飯以外にも
焼いた鯛やら肉やら煮物やらが広げられ
パジャマの上にカーディガンを羽織らされた悟空が
いつものスピードでは考えられない遅さで、もそもそと、赤飯を食べていた。
「三蔵、切りがつきましたか?」
「あぁ」
「お茶煎れてきますから、座ってて下さい」
悟空の正面に三蔵の箸と茶碗は用意されており
不自然にならないように、いつも通りに座る。
悟空の口元の箸が止まり、ちろりと三蔵を上目遣いで見る。
目が合った瞬間に、顔にパッと朱散り
慌てて目を伏せて、赤飯を一心にかきこみ始める。
「お待たせしました、三蔵。ちょっと、熱いですから気をつけて下さいね」
すっと、横からお茶を置かれ八戒も席に着く。
八戒は、三蔵の茶碗に軽めに赤飯を盛ると、悟空にも声を掛ける。
「お代わりは、如何ですか?悟空」
「ん、ありがと八戒。でも、俺、もうお腹一杯だから……ごちそうさま」
悟空は箸を置くと、席を立とうとする。
「悟空、休む前に薬は飲んでおけ」
三蔵が声を掛けると、やはり、動きはぎこちないものの座りなおして薬をのみ
「俺、もう少し寝るね」
そういい残して、寝台の中に潜り込んだ。
八戒は、ゆっくりお茶を飲みながら、三蔵にぽつりと言った。
「三蔵、良かったですね……でも、一晩中寝かせないのは、どうかと思いますよ?
あんまり、無理はさせない様にして上げて下さいね」
その、にっこりとした笑顔からは、底知れぬ何かと、多大なる勘違いを感じ取ったが
訂正する気力も説明する親切心も持ち合わせていない三蔵は、ただ、黙って食べ続けた。
その後、余った赤飯をおにぎりにした八戒は
『悟空がお腹が空いたら、食べさせてあげて下さいね』と、三蔵に渡して帰っていった。
三蔵は、午後も普通に執務をこなし、仕事は速めに切り上げ私室に戻る。
正直まだ、自分の中でも気まずさはある。
しかし、それ以上に部屋へ速く戻りたいと思う自分が居た。
悟空が自分を意識しているのが、楽しくてしょうがなかった。
悟空は、部屋の中で寝ていたが、やはり、三蔵が早く帰ってきて欲しいと思っていた。
物凄く気まずくて、どんな顔して良いか解らない。
三蔵と目が合うだけで、真っ赤になってしまい言葉も上手く出なくなっている。
何も話せなくても、恥ずかしくてしょうがなくても、それでも、三蔵の傍に居たくて、三蔵に傍に居て欲しかった。
八戒が誤解したような、身体の関係には程遠い二人ではあるが
三蔵と悟空にとって、互いが互いの恋心を認めて意識しあうという、大切な一歩を踏み出したのは、大きな変化であった。
三蔵が、私室の扉を開けて部屋に入ると「おかえりなさい」と、悟空はいつものように声を掛けてくる。
しかし、今までとは違い、気軽に駆け寄って来たり飛びついてきたりはしてこない。
おかえりなさい、の一言を伝えるのですら、顔を紅くして上目遣いで三蔵を見つめている悟空。
三蔵は「あぁ」と普段通りの返事を返したものの、そんな悟空に対して、今までに無い感情が心の中に湧き上がる。
二人の間は、暫くぎくしゃくとするであろう。
しかし、今までとは違う意味で近づきつつある二人には、そこにこそ、大きな意味がある。
三蔵は、悟空に気が付かれぬ様に緩む口元を覆い隠した。
変なところが生真面目で、人間関係も恋愛も不器用な青年と
自分の気持ちにも、生き方にも、愛する者への愛情表現も、全てが素直な少年。
二人は、夏の終わりと共に今までの関係に終止符を打ち
秋の始まりと共に、新たな関係の一歩を踏み出す―――――それは、とてもゆっくり、ゆっくりと。
END